第38話 私には加護がある

 父の執務室に慌てて走って、ノアが照らしてくれない真っ暗な階段を何度も転びそうになりながら下におりる。


 下からは人とはいえない雄たけびが聞こえた。

 低い遠吠えのような明らかに異常な声。


 言葉であれば、それが嘘か本当か見抜けても、このような雄たけびでは私には何もわからない。



 前のめりになって部屋に転びながら入ると。そこでは取っ組み合いになってるノアとルルがいた。

 ルルが襲い掛かっていることは明白でまだ魅了の術がかかっていたのだ。

「ノア!」

 私が声をあげると、ルルの顔が私をむいて、間髪入れずにノアを振りほどいたルルが私に向かって走り出す。


「ダメだ」

 ノアが声をあげて、魔法を詠唱するよりも早くルルが私のところにやってくる。

 私に伸びる両方の手を私はかがみかわす。

 延ばされた両手が空を切り、かがんだ私につんのめるようにルルが足を取られて転ぶ。


 両の手で顔をまもったものの、かなりのスピードで走ってきた衝撃が私に加わり尻もちをつくが、私はすばやく起き上がり倒れこんだルルの背中に飛び乗ると、スカートのすそを力任せに引っ張った。

 そのうち暴れるルルをノアも抑えに来て、私は何度も引っ張ってようやく縫い目に沿って避けたドレスをつかってルルの足をノアに縛ってもらい。


 次に縫い目にそったほうがちぎれやすいとわかった私は迷うことなく今度は袖を引っ張って破ると、次はそれでルルの手をしばり。

 もう片方の袖もちぎり、ルルが舌を少しでも嚙み切らぬように口にくわえさせた。




 はぁはぁと息が上がり私はそうしてようやく尻もちをついた。

 私は暴漢にあったかのようなひどい姿だが、なんとかルルを拘束できた。


 意外となんか火事場の馬鹿力なのかなんとかできたと一息つく暇もない。


「ティア大丈夫か」

「そんなことより大変、魅了の術が欠けられたのはルルだけじゃなかったのよ。とりあえず一度上に」


 その時だ、がたがたと音が響いた。

 騒いでいる間に魅了にかけられた人物が誰かしら来たのだろう。

 私たちを閉じ込めるつもりなのだろう。


「まずい」

 ノアがそういったけれど。

 魔法でこの非常時仕掛け扉どころか部屋ごとぶっ飛ばしてもいいくらいだ。


「魔法でふっとばしてもかまわないわ」

「仕掛け扉の上に私なら人に座れと命令するよ。できれば殺したくない人を選んでね」

「はっ、ははは」


 つい先日まで戦争は遠い日のことで。

 今目まぐるしく怒っていくこと達が信じられない。

 思わず乾いた笑いがでるけれど。

 もし仕掛け扉の上に誰かが座っているとしたら、こんな甘ったれたことを言っている場合ではないがふっとばして死ぬかもしれないなんてことはまっぴらごめんだ。



「それにご丁寧なことに、私の得意な火魔法を使えば私たちは死ぬような二重トラップだった」

「何を言っているの?」

「先ほど土魔法をつかって地面を固めようとして気が付いた。この部屋はすでに空気が漏れないように固められていたんだ」

「どういうことかわからなくて……」

「水の中では火魔法は出せない。周りに酸素がないからだ」

 そう言われて理解した。




「火魔法を使えば、この部屋の酸素がなくなると?」

 ノアはうなずいた。

「火魔法を使えばあっという間に酸素の濃度がさがって、私たちはすぐに意識を失うだろうね。ドアは相手酸素が流れてきても、他に魅了をかけられた人物につかまれば終わり」

「なら、土魔魔法で固めた土をまた柔らかくすれば」

 ノアは自身の左袖をまくると、そこには小さな穴があった。



「なにこれ?」

「魔力の拡散剤を打たれた痕だね。あっちは、ティアじゃなくてちゃんと私がメイドの傍にいくことも計算済みだったらしい。ここまで用意されてるとは思わなかった」

「待って、今ライトの魔法を使ってるじゃない。拡散剤なんか打たれたら魔法が使えなくなるはずよ」

「拡散した魔力を集めてと実に今非効率なことをしてわずかばかりに照らしてる。残念だが固められた土を再度上に乗っかる屋敷に配慮ほぐすようなことは薬の効果が着れるまでできそうにないが。それまで酸素がもつかわからない」

 ノアがちらりと見た先には、ルルが酸素のことなど気にせず縛られてもうーうーっとうなり暴れていた。




 私は加護をつかった。

 調子が悪いとか言っている場合ではない。

 集中してここまで遠くの人の言葉を拾おうとしたことはなかったけれど、ただ先ほども無意識とはいえ私が今までやってきた距離よりもずっと遠くに言葉が浮かび上がった。


 やったことはないけれど、できないことはないはず。

 ふっーっと息を吐きながら私は目を閉じて精神を集中する。



 私ならできる。

 私ならできないといけない。

 神から授かったギフトだと父も母もセバスも言った。



 これが神から本当にさずかったギフトだとすれば、今効果を発揮できなくては何の意味もない。



 私は目を開けると一点を凝視した。

 穴の先を、その先に人がいることを信じて。


 なんでもいい言葉を発してくれたら、その文字を私が拾う。


「リリー?」

 様子のおかしい私にノアが声をかける。 

 ノアの文字が中に浮かび上がり、ウソもホントもない言葉には何もまとわりつかない。


「黙って、集中させて頂戴」



 こんなに集中して、それも特に能力を使おうと思ったことはない。

 これまでは見たこともない広範囲からいくつもの言葉が私のいる下にむかっておりてくる。

 上にいる使用人たちが話している言葉や領民が話している言葉だろう。



 ふうっーふうっーと息が上がり。

 汗が流れる。


 いつもなら能力の使用をとっくにやめている。

 それでも今ここでつかえなければ、私たちは死ぬ。出し惜しみしている暇などない。



 上から下にむかって降りてくる言葉とはちがい。

 遠くに私たちがいる部屋よりも下から上がってくる言葉があった。



「とらえた」

 能力を解除するとこれまでではない疲労とノアが心配そうに差し出したハンカチで汗をぬぐおうとしてついた血で、私は鼻血を出していたとを知る。


「リリー君は一体……」

 ノアが何かをして鼻血を出した異常な私の行動に何かしらの意味があったとわかっているのだろう。

 ただそれが何かまではわからないノアは私にそういった。



 マクミラン邸は少し小高い丘の上に立っている。

 彼らは幸い地下から上に上がるのではなく、人目を気にしたのだろう。

 そのまま下へ下へと続く道をほって別の街道にでも出る気だ。

 となると、この道はいわゆる下に続いている緩い坂道になっているはずだ。

 そうなれば、私でもできることがある。

 やったことはない。

 ただやらなければ私は死ぬのだ。


「この道は上に上がるための道ではなく、下の街道にむかって下へ下へと続いています」

「なんでそんなことがティアにわかるんだ?」



 怖い、利用されることが怖い。

 それでも巻き込んでしまったノアに私は嘘をつけなかった。


「私には――――加護があるの」

 ノアの目が驚きに見開かれた。

 加護はこの世にある。ただ加護もちなんか一生を生きていても見かけることはない。

 流石のノアも加護を持っていることは想定していなかったのだろう。



 加護は貴重で、加護を持つことが明らかになれば人に利用され閉じ込められて過ごすことになったり。

 争いに巻き込まれて短命で終わるのだ。



 ノアが私にどうおもったかは今は関係ない。

 この穴をふさがれる前に私たちは3人でここから逃げなければいけない。


 私は魔法を詠唱し始める。

「おい、何を」

「私も一応一つの属性だけ使えるの。ただちょうどいい加減とか一切できないだけでね」

 私はルルの服を掴むと、もう片方の手をノアに伸ばした。



 うまくできるかはわからない。

 だって私はコップ一杯の水を出す呪文でバケツをひっくり返したかのような大味も大味の魔法しか使えない。


 危なくてそれよりも大規模な魔法などほぼ使ったことはない。

 ましてや呪文は知っていても攻撃魔法などは……



「水よ。私の呼びかけにこたえ集いたまえ。そしてすべてを流しなさい」

 明確なる命令に私の身体から今まで経験したことのない魔力がごっそりと抜け、まるでダムが決壊したかのように狭い部屋に水が現れて私たちは水の流れに押し流された。


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