第13話 嘘泣きとゲーム
それでもノアも流石に諦めると思ったのに……
私が知っていてノアの質問をかわしているとわかったのに、ノアは勝負を投げだすような男ではなかったのだ。
この男わかっているの、下手をすれば私と本当に結婚することになるわよ。
王都に近い領地から、この山岳地帯に婿に来る羽目になるわよ。
そう心の中で思うけれど、私はそれを口に出さず、今日もノアとの会話をのらりくらりと退け続ける。
とうとうその日はやってきた。
とても暑い日だった。だから、あえてノアとのお茶会は気休め程度の木陰がある外で行った。
座席の関係で当然、木陰にはすべての人物が座ることはできないし。
ノアが女性である私に木陰を譲る。
炎天下でじりじりと太陽の日差しの中開かれた外でのお茶会。
正気の沙汰ではない……
蝉がけたたましく鳴く音を楽しみながら、まるで暑さの我慢大会だわと思いながら飲み物を頂きながらノアとの会話を楽しむ。
さぁ、暑いでしょう。木陰にいる私ですら耐えれないほど暑いのだから……今日ももう諦めればいいのよと思っているときだった。
「マクミラン姫君」
「はい、なんでしょう? ヴィスコッティ様」
「本当に悔しいが……私の負けだよ」
ノアは唇をかみしめ悔しそうにそう言った。
流石のノアも炎天下でのお茶会は効いたようだ。
「まぁ、私達は何かゲームでもしておりましたか?」
勝った。流石に私との結婚はノアには無理だったってことがわかってしまうので乙女心的には悲しいけれど。勝負は私の勝ちだ。
内心ガッツポーズをとっているくらいノアに負けを認めさせたことが嬉しくてしょうがないけれど。
そんなことは表情に出さずにこやかに何のことでしょうとノアにとぼけてみせる。
「君も知っての通り、私とヴィンセントがこちらにやってきた目的は、マクミラン姫君に婚約を申し込みに来たわけではない」
よっしゃ、そのセリフを待っていましたと言わんばかりに、女は女優……と言い聞かせて、悲しい顔を意図的に作り、涙がこぼれないようにと言わんばかりにさっとハンカチで目じりを隠し、目薬をさした。
目薬はもっていたハンカチといっしょにポケットにしまわれる。
「やはり、お話がうまくいきすぎていると思っておりましたが、そうでしたか」
そのタイミングで瞬きをして、一筋の涙を流した。
「マクミラン姫君……本当に申し訳ない」
ノアはそう言って頭を下げ、私はハンカチの下でほくそ笑んだ。
ほくそ笑んだ私にノアは言葉を続ける。
謝罪をして、顔をあげたノアは先ほどとは一変、勝ち誇ったかのように笑っていたのだ。
「君との勝負はやはり私の勝ちのようだ」
はい? さっき負けたと言っていたじゃない。それがどうしてノアの勝ちになるのよ。
「女の涙で動揺する男じゃなくて申し訳ない。いちいち女の涙に振りまわされていては困るような人生を歩んできていたのでね」
ノアははっきりと私の涙は嘘であることを見破り指摘してきた。
彼の顔は整っていた、彼のゴシップも私はいろいろ聞いてきた。彼の周りには女が沢山いて、きっと彼を思うように動かすために嘘泣きをした人物が他にいてもおかしくない……
涙は女の武器であるが、女の武器であると知っている男には効かない。
無駄に記憶力のいい私は、占いの館でノアが言ったセリフをすぐに思いだした。
『私はイカサマとインチキには寛容だ、あくまでバレなければ問い詰めないという話だけれど』
下手に話すとボロがでる。私は口元をハンカチで隠したまま、さらに泣こうと努力する。
そんな全力で泣いてやると努力する私の顔にノアの手がゆっくりと伸びる。
昨日までの甘い雰囲気は一つもなく、ピリピリとした空気だと私ですらわかるのだから、護衛であるセバスは余計に空気の変化を感じたのだろう。
「お嬢様!」
注意を促すかのように、セバスが私を呼ぶ。
ノアは、セバスの声を制止するかのように、人差し指を自分の唇のところに持っていくと、シーっとポーズをとる。
一体何? 何をするつもりなの……
セバスが黙ると再びノアの手が私に伸び、私の眉間にそっとふれた。
「心理学の一つに表情分析というものがあってね、悲しい時、人の口角は自然と下がるものだ。でも、口角っていうのは、悲しい表情を意識して下げることができる。でもね、眉だけはかなり訓練をしないと悲しい表情のようなハの字眉はつくれないんだよ。こんな風にね……マクミラン姫君。勉強不足だったね」
とたんに、ノアの表情が私にお手本を見せるかのように、私よりはるかに精度の高い悲しい顔となる。
涙なんて浮かべる必要もない、表情だけで、彼が悲しそうということが伝わってくる。
こんな人物相手にしたことなどない。
どうする、ここで嘘泣きを認めれば、私が意図的にのらりくらりとしていたこともすべて認めないといけなくなってしまう。
何か言わなければと思うのだけれど、何を言えばいいのとアレコレ考えてしまう。
「ヴィンセント、アレを……」
何も言わない私にノアはこれ以上は問い詰めても無駄と思ったのか、手を変えるつもりなのだと思う。
声をかけられたヴィンセントがテーブルに持ってきたのは、トランプだった。
「マクミラン姫君、先ほどの嘘泣きとのらりくらりとかわしたことはこれ以上問い詰めない。その代わりに一度私とゲームをしよう」
「ゲーム……でございますか」
「私はカードゲームが得意でね。勝負しよう」
テーブルの上にノアがカードを置く。
テーブルに置かれたカードとノアの顔を私は思わず見比べてしまう。
「普通に私と遊びたい……というわけではございませんよね?」
「察しがよくて助かるよ、私はとある占い師の女に一度負けていてね。どうしても彼女と再戦したいんだ」
「占い師の女と言われましても……」
「もうとぼけるのはなしにしよう。私は確信を持って君にこの賭けを吹っ掛けている。君は占い師の女を知っているから、私をはぐらかし続けた」
加護を使うが、おそらくノアは本当に確信しているのだ、私が占い師の女を知っていると。その証拠にウソと表示されることはなかった。
「さぁ、マクミラン姫君……ゲームは? ポーカー? ブラックジャック? ハイ&ロー?」
楽しそうに、ノアは私の前で一体何のゲームで勝負するかを私に聞く。
「ハイ&ロー」
「お嬢様」
私が受けてたったことで、セバスがたしなめるように声をだす。
「セバス、黙りなさい。勝負は3ゲーム先にとったほうが勝ちでよろしいですね」
「あぁ、もちろん」
「私が勝ったら、定期的に転移スクロールを送ってください。家の領から王都まで馬車で行くのはかなり日数がかかるので、不便なんです。あれは高価だから、何枚か定期的に送っていただければ我が領としてとても助かります」
「転移スクロールか……かまわないよ」
「坊ちゃん……」
転移スクロールは金貨1枚もする高価なものだ、それをいつまでと期限がついてないということは、私が勝てばノアは約束を守りいつまでも、転移スクロールを私にプレゼントし続けることになる。
一体いくらになるかわからないプレゼントを生涯で送ることになるからこそ、ノアの従者ヴィンセントが止めに入る。
「勝負事に横やりをいれるな」
ヴィンセントをノアはあっさりと退けた。
「さて、マクミラン姫君……ゲームを始めよう」
「えぇ、私も転移スクロールがあれば何度も王都に足が運べましょう……」
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