第3話 彼の正体
扉の向こうにいたのは、一人の若い男だった。
仮面をつけているので顔がわからない。
座れ、座れ、座れ、あなたは占いに来た客なのでしょう? っと心の中で何度も念じる。
どう動く? と緊張する私とセバスをよそに、男は私に会釈をすると、あっさり席に座り背もたれに寄り掛かり足を組んだ。
私をどうにかするつもりなら、席には座らないはず。
目的はどうであれ、席に座ったということは彼は客の可能性が高いと心理学的に分析する。
何事もなかったかのように、私は銀のトレーを取りだすと、男の前に差し出す。
銀のトレーに視線を移すと、金を出せという意図が伝わったようで男は服を漁り始める。
今のうちに情報を得ようと私は真剣に男を見つめた。
黒の髪に黒の瞳……後は仮面で半分が隠れているが整っていそう。それ以上は部屋の照明を雰囲気重視にしちゃったせいでよくわからない。
それにしても、どっかでみたことがあるのよ。
顔の整った男というのは、ゴシップのネタに事欠かないのだ。
貴族なら、貴族どうしの噂話で、庶民なら庶民の噂話で一度くらいは話題になったかもしれないと。
無駄にいい記憶力を呼び覚ます。
身につけている物なんかは上等そうだし。庶民だとしてもかなりの富裕層。
少しでも情報を得るために、私は今までで一番真剣に彼を見つめた。
あれこれと考える時間が欲しいのに、あっという間にトレイに10枚もの金貨がのせられた。
私は男からトレイを受け取り、金貨を袋にしまう。
「ふむ、確かに。これであなたは正式な私の客です。さて、何を占いましょう」
そういって、彼の正面の椅子に私も腰を下ろすと、セバスがジャンプして私の膝の上にのり丸くなる。
震える手でセバスの背を何度もなでる。
いつもは嫌がるくせに、今日はセバスはちっとも嫌がらずいい子にしていた。
金貨は10枚は大金だ。それをぽんっと出すくらいだから、よほど私に占ってほしいことがあるに違いない。
よし、来なさい。そして私とセバスを見逃してちょうだい。
「君は金貨10枚も報酬として取れる占い師なんだろう? 私とここは一つ勝負をしよう」
「勝負でございますか?」
思ってもみない提案に困って、ベールの下の笑顔がひきつる。
「当然受けるだろう? 予約制とのことだけれど、私はイカサマとインチキには寛容だ、あくまでバレなければ問い詰めないという話だけれど」
予約をしてもらうことで、相手の素性を調べ上げ、さも、占いで当てましたというのは占い師の手口の一つである。
もちろんすべての占い師が使えるものではない。人を調べる時は金がかかる、それに見合う報酬が得られなければ使えない手口だ。
そういうズルを今日は予約してない自分が来たから、使えないだろうと目の前の男は言っているのだ。
占い師としてやってきて、もう1年が経っていた。なるほど、私の占いに種と仕掛けがあることを疑って証明してやろうってことかしら。
占い師も上客は取り合いだ。
同業者からの差し金ってところかしら。
私の占いは種と仕掛けがあると暴きたいのだこの男は。
「かまいませんよ。受けましょう。ずいぶんと高いお金を払っていただきましたからね」
セバスがなでていた私の手を噛んだ。
なんてことを引き受けたんだと咎めるかのように。
「それでは、君が負けたらそうだな。ベールを外して素顔を見せてもらおうか。認識阻害魔法がついているだろ。それ」
私はギョッとした。
彼には私はその辺によくいる、似た子が多くて顔を覚えにくいような女の子に見えているはずなのに、この短時間で彼はそれは私が身につけている物に認識阻害魔法がかけられていることを見抜いたのだ。
目の前に優雅に座っている男は、この灯りが乏しく視界の悪い中、私が魔具を使用しているのを見抜けるほどの魔力と洞察力の持ち主のつわものだ
震える手をザリザリとセバスが舌でなめてきた。
顔をこんな得体の知れない奴に見られたらヤバい。
私はその辺の女の子ではない、公爵家の中では下とはいえ貴族の令嬢なのだから。
私の返事など待たずに男は一方的に話しを進める。
「それでは始めようか。占い師さん。どうか私を楽しませておくれ」
目の前の人物は認識阻害魔法をあの短時間で見破れるほどの高魔力持ちだ。
私が意にそぐわないことをすれば、どうなるかわからない。
私は何としても占いを当てるしかないのだ。
手が震えるが、そんなこと言っている場合ではない。
「普段はどういう流れで?」
「お話をきいて、悩める子羊たちにアドバイスをしております」
「なるほど、コールドリーディングっていうやつかな?」
コールドリーディングとハッキリと手腕の一つを男は口に出す。
これで、どちらともに取れる回答は彼には通用しないことがわかる。
でも、幸いなことに、私は偽物ではない。本物なのだ。
「私には婚約者がいてね。どうやら浮気をしているようなんだよ。いったいどんな男と浮気をしているか当てれるかい?」
彼は悲しそうな顔でそう言ったのだ。
彼の言葉が私の加護によりぼんやりと宙に浮かぶ。
『私には婚約者がいてね』 ウソ、ウソ、ウソ。
『どうやら浮気しているようなんだよ』 ウソ、ウソ、ウソ。
悩み自体がフェイクだなんて汚い手だ。
私がどんな曖昧な回答をしたとしても、婚約者などいないのだから何をいっても私の負けになる質問だ。
あの表情自体が、コールドリーディングしている者を惑わすための演技なのだろう。
普通の占いでは、当然相手は本当の悩みごとを打ち明けるものだ。
だから、その悩みをきいて、より的中率の高そうなことをいうのだ。
その悩みすらフェイクできやがった。
「本当に当ててもよろしいのでしょうか?」
「あぁ、もちろん。占いで真実を知りたいから悩みを打ち明けたんだ。他に質問は?」
「これを当てましたら、帰ってくださいますか?」
「あぁ、もちろん。君が当てたら金貨10枚もの金額に見合った時間だったと帰ろう」
それらしく私は水晶玉に両手をかざす。
「へぇ、その水晶玉に手をかざしてるのはフリかな。それとも占いに必要なことかな?」
私の姿を見て、おちょくるかのように男はそう言う。
水晶玉など本当はいらないんだろう? 種と仕掛けがあるくせにと暗にいっているのだ。
水晶玉から視線を移し、男の瞳をじーっと見つめる。
「悩みのない子羊」
「え?」
「そのままの意味です、貴方には婚約者などいない。婚約者自体いないのだから、浮気をする貴方の婚約者などこの世に存在していない。去りなさい、悩みのない子羊よ」
「お前私が誰か知っているな?」
仮面を外しテーブルに置くと、不機嫌そうな顔で男はこちらをにらんだ。
そして仮面が外れたことで、私は目の前の自分物が誰か理解した。
社交界の有名人も有名人。
端麗な容姿であまたの社交界の花を摘み取っただの、踏みにじっただの、袖にしただのゴシップの噂が絶えない、辺境の公爵令嬢の私とは大違の、あのヴィスコッティ公爵家の次男坊。
奇人ノア・ヴィスコッティ……
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