第1話 人気占い師
丸い天窓から月の光が差し込む。
ちょうど月の光が当たる位置に小さな円卓があり、その中央には両手で持てるほどのサイズの水晶玉が月の光を浴びていかにもという雰囲気を醸し出す。
早くパーティーのドレスを脱いで、準備を手早く済まさなきゃ。
もうじき予約している女性がくる。
夜の色をまとった薄いレースのベールをかぶり、顔を隠すために口元もフェイスベールで覆う。
どちらのベールも認識阻害魔法がかけられたすぐれものだ。
髪と同じ色のスミレ色の瞳は隠せないけれど、雰囲気を少しでも変えるために、あえてメイクでエキゾチックな異国風を意識する。
最後にふらふらと露天商を回っていて見つけたエキゾチックな異国の衣装に身を包めば準備完了というわけだ。
私の名前は、ティア・マクミラン。
公爵家マクミランの跡取り娘である。
といっても公爵家とは名ばかりで、私が将来跡取りとして未来の夫と治めることになる領地は、王都からは程遠い僻地も僻地。
そのため、絶賛婿様募集中。
来月で16歳になるというのに婿候補は未だに決まらず。
条件の悪さに、決まる見込みもない一人っ子でございました!
私の父はというと、
「年頃の息子さんがいるところには、ちゃんとティアの釣書を渡しておくから、大丈夫大丈夫。ティアは可愛いからね」といつも言うけれど、婿を探そうと父がいいだして早5年。
山脈だらけで王都からも遠く旨みがちーーーーっともない我が領に釣書を見たとの知らせは一度たりとも来ていない。
私が絶世の美女ならば違ったかもしれないけれど。
『そこそこ』と『そこそこ』からは、絶世の美女なんか産まれるはずもなく……
お嬢様のガッツでパーティーで婚約者を見つけろといわれても、僻地の僻地の名ばかり公爵家となると。
まれにすり寄ってくる人物は難ありばかり……
父は『大丈夫心配することはないよ』って言うくせに具体的な話を持ってきたことはただの1度たりともない。
ついに私は1年ほど前に開き直った。
婚活はあきらめましょう……と。
自分のことは諦めて、人様のゴシップきいて楽しく暮らそうって……
後5年もすれば、流石に公爵家の跡取り争いから敗れたような男はこんな僻地には婿に来ないことに父も気がつくし。
養子なりなんなりとるだろうと。
だから、ストレス発散を兼ねて街の一室で完全紹介制、かつ予約制の占い師として占いをして遊んでいるわけ。
人の心の隙間産業だけれど、これが結構金になる。
「ティア様、お部屋の準備が整いました」
「ありがとうセバス。売上金でアレコレそろえたけれど、なかなかいい雰囲気の部屋になってきたわね。この天窓から差し込む月明かりが水晶玉にパワーを与えているようで――本物の占い師っぽいわね」
天窓を見上げてくるりとその場で一回転してセバスをみた。
「『本物の占い師っぽいわね』じゃございません。お嬢様のお力は本物なんですから、いいですか、危険なお遊びは今日が最後でございますよ。全く結婚相手を探すための仮装パーティーまで抜け出して何をしているんだか。これじゃ本末転倒です」
「予約があったんだもの仕方ないじゃない。それじゃぁ、今日も護衛よろしくねセバス」
楽しい占い師ごっこは、辞める気はサラサラないけれどね。
私の考えは口に出さなくてもお見通しの用で、セバスは大きなため息を一つつくと。
大柄な身体が煙に包まれ1匹の黒猫になった。
もう齢50すぎで、護衛としてはとっくに曲がり角を過ぎたセバスが、直系跡取りである私の護衛を現役でできるのは、彼がこんな風に変身術を使える貴重な使い手だからだ。
人から人への変身術を使える人物はごくまれにいるが、こんな風に、人から人ではない生き物に変身できる人物となるとそうそういない。
優秀でモフモフも兼ね備えた私の護衛、最近胃がシクシクと痛む男セバスなのである。
あえて薄暗くした部屋。使いもしないけれど巷で占い師がよく使うと聞いて購入した水晶玉。
水晶玉の置かれたテーブルの傍の椅子に陣取ればお遊びの始まりである。
「ティアお嬢様、おわかりですね。お嬢様の加護はとても珍しく、それゆえに危険に巻き込まれやすいのです。占い師ごっこは今日でおしまいにしてくださいますとセバスと約束してくださいませ」
「はいはい、それはさっきも聞いたわ」
ペロリと舌を出す私は全然懲りてない。
「お嬢様!!! 」
ポケットから取り出した銀時計で時刻を確認する。
「まぁ、セバスもう時間だわ。黒猫は普通は言葉を話さず占い師の主人の膝の上でおとなしくしているもの!」
私がそういうと、万が一人がきては大変と判断したセバスが口をつぐんだ。
ドアがノックされる。
「セバス、本日のお客様がお越しよ。始めるわよ」
そういって、気合いを入れる。
「ニャー」
セバスは猫のように1回鳴いた、さて、楽しい占い師ごっこの始まりである。
私は扉にむかって声をかける。
「どちらさまでしょう?」
「あの……あの私、衣装師シャントット様からこちらを紹介していたいだ。貸衣装屋のエミリーと申します」
緊張しているのが扉越しでも伝わってくる。
私は手元の資料に視線を落とす。
間違いなく彼女が今夜のお客様である。私が資料を確認して問題ないと判断すると、魔道具である扉が自動的に開いた。
扉があくと、上質な服に袖を通した女性がおろおろと辺りを見渡した。
顔には今夜の仮装である猫のお面をつけていたが、深緑の髪とおどおどした様子からして本日の依頼人のエミリーは彼女で間違いないだろう。
奥に座っている私に気がついたエミリーはおずおずと、こちらに向かって歩いてくる。
「迷える子羊よ、どうぞおかけなさい」
そういって、私は着席を促すと、銀のトレイを彼女に向かって差し出す。
エミリーは流行りの小さな鞄から、財布を取り出すと、そこに銀貨を10枚ずつを計8つ合計銀貨80枚を並べた。
トレイを下げて、ざっと枚数を数えると、銀貨を私は布袋に大事にしまう。
「あなたはこれで間違いなく私のお客様です。さぁ、貴方の悩みは?」
「えっ、あっはい。私はこの王都で貸衣装屋を営んでおります。エミリーと申します。10年ほど前に婿養子をもらいまして、仲良く店を営んでおりましたが最近夫に別の女がいるのではないかと思い調べたのですが証拠はでてこなくて。
……貴方に頼む前に、他の評判の占い師に占ってもらったのですが……そこで、このお話したら、それは私が自分に自信がないせいで夫に女がいるのではないかと不安になると言われました。
でも、あの人が好きだから私にはわかるのです! 気持ちが私にはないことが! だから王都で一番と名高く紹介でしか仕事を受けない貴方の話をきき、ぜひ占ってもらいたいと思いまして」
なるほど、なるほど。
こちらは伊達に公爵家ではない、エミリーのことや悩みの種になりそうなエミリーの旦那さんについては事前に調査済み。
そして、調査結果は私の頭にしっかりと叩きこんである。
「わかりました、占ってみましょう」
そういって、目の前にある水晶玉に両手をかざしエミリーの瞳をじーっとみてからゆっくりと目を閉じた。
エミリーは神に祈るかのように手を前に組んで私の占いの結果を待つようだ。
「見えます」
「夫に他に女はいるのでしょうか?」
さて占いの始まり始まり、エミリーのことは事前に調査してある。だから、後はその結果を私はそれらしく読み上げるだけだ。
今回エミリーに告げられる調査結果は実に残酷だ。
「彼には、どうやら貴方と結婚する前から、女がいるようですね」
「嘘……私と結婚する前から……」
「ブロンドヘアーの女性、先週も二人は会っていたようです」
私がそういうとエミリーは自分の深緑の髪をせわしなくなでる。
「先週は貸衣装を隣町に夫が届けに行きました……でもちゃんと受け取りのサインも頂いてきていたし、貸衣装の代金だって頂いております」
エミリーは夫を疑っていたくせに、いざ、私がそういうと立ち上がり怒りの表情で私に夫の身の潔白を示そうとするのだから不思議だ。
こういうのはよくあるのだ。
「静かに、見えなくなってしまいます」
私がそういうと、エミリーは深呼吸をして椅子に座り直す。
「受け取りのサインを書く女の姿が見えます。髪型が微妙に違うので、同じ日ではなくそれぞれ違う日なのかもしれません。
ここからは私の推理ですが、旦那様が遠方に貸衣装を持っていかれた日の伝票を改めてみてはどうでしょうか? 筆跡をみてみれば同一人物ならば共通点が何かしらあります。
貸衣装の代金は女性が出せなくても、旦那様が自由になるお金をもっているなら、貸衣装を1点と運び代くらいの金は工面できてしまうのではないでしょうか。それともう一つ、あなたが旦那さまを探るようにと頼んだ貴方の店の従業員の男性は……旦那様の味方のようです」
「伝票を検め後日夫が遠方に行く際は、店の従業員ではない者にさぐらせます」
エミリーははっきりとそういった。そこにはおどおどしてる女はいなかった。
店の跡取りで、実際貸衣装屋さんを切り盛りしているのは彼女だ。
きっと、面白い後日談が聞けることだろう。
「では、今回の相談の結末ですが。後日お話を伺うことがあります。これにて、占いを終わりといたします。迷える子羊はもういません、前を向き進みなさい。貴方には店を切り盛りする才があるのですから」
エミリーは神妙な顔でうなずくと、私に深々と会釈をして部屋を後にした。
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