公爵令嬢は占いがお好き
四宮あか
公爵令嬢は占いがお好き
プロローグ
雲一つない満月の夜だった。
王城では珍しく僻地の貴族にも召集をかける収穫を祝う大規模な収穫祭を兼ねた仮面パーティーが開かれていた。
僻地の貴族にも声がかかるのだから、王都近郊の公爵家であるヴィスコッティ家にも一族全員に招待状が届いた。
公爵家の次男であり、婚約が決まっていないノアは連日のパーティー同様、縁談目当てに人に囲まれることは行く前からわかりきっていたものだから、パーティー抜け出す隙を窺っていた。
最低限の挨拶回りを済ませると、ノアは早速パーティー会場を抜け出して街に繰り出した。
「ノアはどこに行った?」
息子がパーティー会場から抜け出さないかを気を配っていた公爵は、すぐに息子の姿が見当たらないことに気が付き控えていた従者に声をかけた。
「ヴィスコッティ公爵様……、大変申し上げにくいのですがおそらく、またいつものです……」
「あのバカ息子め……」
公爵は苦虫をかみつぶしたかのように顔をゆがめた。
ノア・ヴィスコッティは公爵家の次男坊だった。
母親譲りの甘いマスクに、父親譲りのしたたかさ、祖母と同じ黒い瞳に黒い髪、祖父譲りの強大な魔力とちゃらんぽらんさが合わさった男だった。
祖父譲りのちゃらんぽらんさだけは受け継いでくれるなと強く思っていたのに――そういうのに限ってしっかりと受け継いでしまったのだ。
「あれは祖父の血だなぁ」
と公爵が笑えたのは、息子が小さい間だけだった。
もう十九になったというのに、いまだに息子の判断基準は面白いか、つまらないかの二択。
能力は十分に受け継いだ癖に、気分がのらないと今回のようにサッと責任感なくどこかに行ってしまうから、困ったもの。
おまけに流石に婚約くらいはと思うが、釣書は届けど本人にその気が全くないと来たし、素直に親が決めたことに逆らうタイプでもなく、公爵は頭を抱えた。
◆◇◆◇
王城で行われる仮面パーティーは招待状を持ってない者は入ることはできないが。
街でも貴族にならい収穫を祝い仮面をつけ仮装をするお祭り騒ぎだったから、パーティー会場を後にしてしまえば、ノアはあっさりと町民の中に紛れ込むことができた。
仮面をつけたまま何か面白いことはないかと辺りを見渡すと、他の人物より上等な衣服を身にまとったご婦人に目がいった。
人に見られていないかを気にするかのように、辺りを見渡すとご婦人は人ごみにまぎれて消えた。
普通ならスルーしてしまうようなことだけれど、祖父譲りの嗅覚で先ほどの女性が出てきた先に面白いことがあるに違いないと嗅ぎつけた。
ノアはすぐにご婦人が出てきた建物の様子をうかがった。
何の変哲もないレンガでできた建物。
ご婦人が降りてきた階段も、レンガでできており、経年劣化は多少見られるが綺麗なものだ。
(外観からでは、何の店かわからないな……)
建物をまず、しげしげと観察したノアは、見上げて窓にかかっているカーテンが街の一室に使われるものにしては、あまりにも上等なことに気がついた。
だから、ノアは余計にこの普通の建物の中がとても気になってしまったのだ。
ノアは臆することなく、先ほどのご婦人がでてきた通路にはいり、階段を上り突き当りにある年季のはいった木の扉をノックしたのだけれど……
返事はない。
それでも扉の向こうに間違いなく人がいるのが魔力に長けたノアにはわかる。
「少し前、ここに上等な服を着たご婦人が来ていたと思うが、彼女の知り合いなんだ」
あっさりとノアは嘘をついた。
「紹介状と予約がない場合は、即金で金貨10枚」
扉の向こうから女の声で淡々と告げられたべらぼうな額。
まさか街のこんな建物の1室で金貨10枚もの大金を要求されるとは思わず、流石のノアもギョッとした。
この木の扉の向こうには一体何があるのか……
少なくとも金を請求してくるということは、この扉の向こうは民家ではない、何らかの商売を営んでいるはずだ。
銅貨100枚で1銀貨、銀貨100枚で1金貨。
銅貨1枚でその辺で飲み物や串に刺さった食べ物が1つ購入できるといえば、どれくらいの金銭を請求してきているかすぐにわかると思う。
まず庶民でこんな額をポンと払えるのは、よほどの豪商くらいのものだろう。
扉の向こうの女は、無理な値段を吹っ掛けて訪ねてきた人物を諦めさせようとしているのだとすぐにわかったが。
その尋常ではない額を提示されたことで、ノアは逆に興味がわいてしまったのだ。
扉の向こうの人物にはわるいが、ノアは金貨10枚を即金で払えるのだから。
「約束も招待状もないのだから、しょうがないね。持ち合わせが足りてよかったよ。金貨10枚、即金で払おう」
ノアがそういうと、ドアがガチャっと音を立て開いたのだ。
(珍しい、この扉自体が魔道具じゃないか……金貨を払えという家主に私が払うと同意したから自動で扉が開いたのか)
ここは貴族の屋敷ではない、庶民の小さな建物の一室。
そこに、こんな厳重な魔道具の扉があるだなんて絶対に普通ではない。
もっと扉をよく調べたい好奇心がわき出たが、追い出されてはかなわないとグッとこらえ、ノアは室内へと入った。
室内に敷かれたロイヤルブルーの絨毯は踏みしめると厚みのある上等なものだとすぐにわかった。
部屋の中心には、怪しげな両手で持てるほどの水晶玉がのせられた丸いテーブル。
そのテーブルのちょうど真上には丸い天窓があり、そこから月の光が差し込み、水晶玉をきらめかせていた。
カーテンは外から見上げた通りきっちりとしまっており、中央の天窓の月明かりだけ。
ゆえに部屋の細部まで見ることは叶わないが、それでも、街の一室にあるにはあまりにも不釣り合いな高価なものがそこらじゅうにあるのがわかる。
(一体何なんだここは……)
あっけにとられていると、自分の足元に1匹の黒猫が寄ってきていることに気がついた。
猫はニャーと鳴くと、歩きだす。
(ついてこいってことか。)
部屋の中央にある、水晶玉がのったテーブルのところまでくると、テーブルをはさんで向かい合う形で上等そうな椅子があった。
どうしたものかと思っていると、猫がもう一度鳴く。
すると、奥の扉から人が出てきたのだ。
「迷える子羊よ、どうぞおかけなさい」
黒のレースで出来たベールを頭からかぶり、口元もフェイスベールで覆われており、顔は目元くらいしか見えない。
その目元も、異国の派手なメイクがされており、異国のエキゾチックな衣装が相まって、なんとも不思議な女が目の前に現れたと、ノアはこれから始まることにわくわくと胸が高鳴った。
(ここは一体何の店なのか、先ほどご婦人が出てきたことから、男性向けの如何わしい店ではないと思ったが……)
会釈をして席に着くと、女は銀の小さなトレーをこちらに渡す。
どうやら、此処に金貨をいれろということらしい。
ノアはポケットに適当に突っ込んでいた金貨10枚を無造作にそこに並べた。
「ふむ、確かに。これであなたは正式な私の客です。さて、何を占いましょう」
これが、ノア・ヴィスコッティの人生でもっとも興味をそそられた、女性との出会いであった。
その後、この女のことを調べようとしたが、公爵家である自分が調べてもちっとも誰かわからず捜索は難航し、難航したことでもう何が何でもあってやる! とノアの気持ちを逆なでたのだ。
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