エンターテインメント・サプライズ
七四六明
エンターテインメント・サプライズ
レディース、エーン、ジェントルメーン!
イッツア、ショータイム!
さぁさぁ皆様ご着席。煙草、ケータイ、お喋り、苦情はお断り!
ポップコーンの準備はいかが? 大盛で買いました?
帰りのダストボックスはきっと山のようなポップコーンでいっぱいになってるのでしょうね! ハハハ!
では皆様どうぞご観覧。これよりお送りしますのは愛の喜劇!
題名を『エンターテインメント・サプライズ』……さぁ、耳を澄ませてごらんなさい。何か聞こえませんか? そう、あなた達の鼓膜を揺らす潮騒が――
潮の香りが鼻を突き抜け、潮騒が鼓膜を振るわせる。
僕らの乗る船は高波にも負けることはなく、まっすぐに航海を続けていた。
君達はその船の先頭で、タイタニックだなんて船にとって縁起でもない二人だけの遊びをしている。
君が抱き締めているのは、両腕を広げてきゃっきゃと喜ぶ最愛の人。
それこそ君はこのあと、彼女にプロポーズするのだろう。だって君のポケットには給料三か月分なんてけち臭いことは言わず、一生に一度の買い物と言っていいくらいの高値の指輪が入っているのだから。
「風が気持ちいい……! 最高だね!」
そら、彼女は満面の笑みだ。
そんな笑顔、君以外には絶対に見せないぞ。君のことがそれだけ好きなんだな、うん。
これは今夜の夕食が楽しみだ。なんでって、プロポーズに打って付けだからに決まってるだろう。
プロの奏者が引くジャズミュージックをビーズィーエムに、三ツ星レストランで腕を振るって来た最高のシェフが作る豪勢な料理。
さらには、夕食の時に停泊する港が齎す夜景の美しさとくれば、君は彼女に愛を囁かずにはいられまいさ。
プロポーズが成功した暁にはそれこそ、情熱的なキスとセックスで一夜を明かせばいいじゃないか――と、怒るな怒るな。
しかし冗談で言ってはいないさ。だって君はそのために、今日まで死に物狂いで働いて、彼女を振り向かせたんじゃないか。胸を張って誇り給え。
彼女という人をここに連れてきたのは、紛れもない君なんだぜ?
社畜? 平社員? ハハ、なんのことだい。君は今、この船の立派な船員さ!
「本当に、ありがとうね……私を連れて来てくれて。ずっと、ずっと君と来たいと思ってた。だけど行けるなんて思ってなかった。私、今とっても幸せだよ! 私は今、幸せ具合なら誰にも負けないくらい、幸せ!」
おいおい、そんなこと言わせていいのか、君?!
何故って、それこそ冗談だろ? 君はまだプロポーズもしてないのに、彼女もう最高に幸せなんだとさ。
だけど君の選んだ奴は、そういう人なんだろ?
君と一緒にいる時間を何よりも幸せに感じてくれる、君と一緒にいる時間を何よりも楽しんでくれる、君のことが誰よりも大好きな人ってことさ。
幸せ者だなぁ、君は!
だって見てみなよ、彼女の目の下のできかけのクマを。彼女の髪にわずかに生えた白髪を。
君と同じで、もしかしたら君以上に苦労してきたかもしれない女の子が、自分自身よりも君を愛してくれてるんだぜ?
君はどんだけ幸せ者なのか、自分自身でわかってないだろ。
なら教えてやろうじゃないか! そぉら来たぜ、君の戦場が!
「左から戦艦! 砲撃態勢を確認しました!」
「退避、退避!」
突然襲い来る砲撃と魚雷に、人々は慌てふためく。
港に停泊していたことが幸運なのか不幸なのか、最初の数十人はそこから逃げ出さたが、君達は逃げられない。
レストランから階段までが最も距離のあるルートだし、何よりその階段から武装した敵が襲撃してくるからだ。
敵とは何かだって? 決まっているさ!
不幸だよ。
誹謗中傷、不平不満、舞い上がる批判の数々、君達の幸せをそれこそ妬み、羨み、君達をあらゆる暴言と暴力で不幸に叩きのめしてやろうとする不幸そのものが、君達に襲い掛かって来たのさ!
そんなことあるはずがない? ならば君は目の前のそれを何であれば断じれる。
武装したカルト教団? 未知の知的生命体? 大いに結構。だが君達を襲っているのは紛れもない不幸なのさ!
そう、君達の幸運を嗅ぎつけて現れた不幸だ! 君達を不幸にすべくやってきたのさ!
「この野郎見せつけやがって……」
「くたばれリア充」
「幸せ自慢してんじゃねぇよ」
「死ね、死ね……!」
おぉおぉ、猛り狂ってらっしゃる――さて、どうする?
船長も船員も皆、君達など置いて逃げてしまったよ?
君は彼女のために戦えるのかい? ただの社畜なんだろ? 一般人なんだろ?
ヒーローでもない、超人でもない、そんな君に何ができる?
――立ち向かうことはできる
その通り!
誹謗中傷、不平不満、暴言、暴力その他一切、君達に降りかかる不幸は数知れないことだろうさ。時には誰かが死ぬことだってあるだろう。
そんな中、君達はそれらに立ち向かうことができる!
君達二人で足並みを揃えて、君は彼女を守り、彼女もまた君を守って!
そのためにはまず、君自身があらゆる不幸と立ち向かわなければならない!
大丈夫、そのための力はそこにある! そう、今、君が乗っている!
人生に起こりうるすべての出来事が、
舵を取れ! 自分の意思で!
降りかかる不幸のすべてを、君の幸せで吹き飛ばせ!
それが君の
さぁ彼女の腕を引いて、操舵室へ走れ!
振り返るな! 不幸だなんて銃弾が掠ったところで、恐れることは何もない!
さぁ操舵室に入ったなら、不幸に立ち向かうための弾丸を準備しろ!
幸せだった時間を思い出せ。これから訪れるだろう幸せを感じて、弾丸に込めてやれ。
そして撃て!
不幸なんてぶっ壊せ!
これから訪れる不幸なんて、全部全部ぶっ潰してやればいいんだよ!
君は魚雷を撃つ、撃ちまくる。
彼女との幸せを守るため、他人に容赦なんてしない。
自分の幸せを守るのに遠慮なんてするな。ただし不幸と同じ武器で戦うな。
不平不満、誹謗中傷、罵詈雑言は汚い武器だ。それが嫌なら、君は幸せで立ち向かえ。
君の喜劇で立ち向かえ。
不幸自慢なんてしなくていい。誰もそんなもの求めてない。
不幸なんて演出するな。君は今から幸せになろうとしているのだから。
だから撃て、撃ちまくれ!
おまえには、それだけの幸せがあるのだから――
気付くと、僕は目を覚ましていた。
なんて過激な夢なんだ。間違いなく僕はそんなこと言いはしない。
だけどなんだろう。誰も、誰もそんなことは言ってくれないだろうから、どこかこの胸の中が、酷くスッキリした気分だ。
僕は隣で寝息を立てる彼女の頭を撫でる。
彼女と結婚したいと思って用意した給料三か月分の――いや、一世一代の最高の指輪は、まだ彼女の指に嵌まっていない。だけどうまく行けば、今夜中には嵌めてくれるはずだ。
なんの才能もない僕だけど、なんの取り柄もない僕だけど、こんな素敵な人と結婚していいのかななんて不安を抱いたまま眠ったから、あんな夢を見たのだろうか。
だとすると、僕は過激な説教家に感謝しなくてはならないのかもしれない。
そうだ、人生はいつだって考えようもしない不幸が待っている。
だけど同じ数だけ――いや、それ以上の幸せが待っているはずだ。
「愛してるよ」
僕は彼女の寝顔にキスして、一生の愛を誓う。
彼女に不幸なんて似合わない。最高の幸せと驚きに満ちた人生を、彼女に捧げよう。
エンターテインメント・サプライズ 七四六明 @mumei
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