【KAC7】世界性癖ディスカッション

@dekai3

議題:無機物の萌えと有機物の尊みについて

『無機物萌え代表、メカ娘にスパッツを穿いて貰いたい団団長の坂井さかいでんさんお願いします』


パチパチパチ


 会場中に響き渡るアナウンスと共に静かな拍手が送られ、参加者席から一匹の戦士が立ち上がり壇上へと向かう。

 着慣れていないだろうスーツを着た坂井さんは猫背ながらも威風堂々としており、その目は野獣のように爛々と輝いている。


「え~、ただ今ご紹介に預かりました、メカ娘にスパッツを穿いて貰いたい団団長の坂井です。栄えある世界性癖ディスカッションに参加させて頂けた事を嬉しく思います」


 彼はマイクを口の横に付けながら、見かけによらず流暢な口調で話す。

 ここは国連本部にある議事堂の一つ。参加者席は多くの人達で埋まっており、その人種も様々だ。


「無機物萌えについての説明の前に、まずは自分の所属するメカ娘にスパッツを穿いて貰いたい団について説明させていただきます。

 メカ娘にスパッツを穿いて貰いたい団というのはその名の通りメカ娘にスパッツを穿いて貰いたい者達の集まりなのですが、ここのお集まりの皆さんの中で『メカ娘とは何ぞや?』とお考えになられた方もいらっしゃるでしょう。

 メカ娘とは一般的にロボ子やガイノイドと呼ばれる女性型ヒューマノイドの中でも特に『生体部品を使用していない者』『完全な人型では無い者』の二点を満た者であり、我々はそれがメカ娘だと定義付けております」


 慣れないマイクを使いながらも身振り手振りを使用して会場中の参加者に分かりやすく説明する坂井さん。

 一部の参加者が(論理的にどうなんだ?)という顔をしているが、そこは『他人の性癖を笑っても馬鹿にはするな』というルールがあるので口には出さない。


「この二点を満たしたメカ娘は股間部の形状が独特であり、機構が剥き出しの場合が多々あります。

 そこで、その剥き出しの機関部をスパッツのようなぴっちりとした物で覆い隠すと、女性の丸みを帯びたシルエットを残しながらも関節部に意味深な空間が出来上がり『そこにある物が無い』という侘び寂びが生まれるわけです。

 その侘び寂びの理解と普及がメカ娘にスパッツを穿いて貰いたい団の掲げる目標であり、存在意義です。

 又、スパッツと銘打ってはおりますが、タイツやスク水やラバースーツのような物でもかまいません。色や素材も自由ですが、自分はやはり黒が好きですね」


パチパチ


 坂井さんの静かながらも熱いスピーチにいくつかの拍手が上がる。

 酒井さんはその反応に口角を上げる。


「そこで本題の無機物萌えについてですが、この『メカ娘がスパッツを穿く』という行為自体が無機物に対する萌え要素に他ならないのです。

 本来ならば衣服を身に付けなくても良い女性型ヒューマノイドが下着を身に付ける。それは本人が意図していなくとも『関節部の機構を外に晒したくないと』いう恥じらいを産むのです。

 見られても構わないはずの部分が、見られたく無いに変わる瞬間。

 感情が行動を産むのではなく、行動が感情を産むという逆ロジックな考え方ですが、会場にお集まりの皆さんも経験や覚えがあるのでは無いでしょうか?」


 酒井さんは一泊起き、マイクを持つ手とは反対の手を会場の端から端へと向けて動かす。

 何名かの参加者はもぞもぞと体を動かしていて、酒井さんは満足そうに頷く。


「つまり、無機物萌えとは『本来そこに発生しない現象』に萌えを見出す行為であり、無機物に命を感じて愛でる行為であると、自分は考えています。

 命や魂がなんなのかという話は別の専門的な話になりますが、メカ娘がスパッツが穿いたその瞬間に新しい命は芽生えるのです。

 だからこそ、自分はメカ娘に黒いスパッツを穿いて貰って目の前でスクワットをして貰うのを性癖としています。最も、未だにやってもらった事はありませんけどね」


 ハハハッ


 坂井さんの小粋な発言に顔をしかめる参加者も居れば、笑いを零す参加者も居た。

 彼は変態に間違いは無い。しかし、メカ娘にスパッツを穿かせる熱意に向けては本物のようだ。


「自分の発表は以上とさせていただきます。もしも会場にお越しの方でスパッツを穿かれたいという方がいらっしゃればディスカッション後に私の所に来て下さい。世界で一番のスパッツをお渡ししますよ」


パチパチパチ


 坂井さんはそう言うと、最後に一礼をしてから壇から降りる。

 会場からは少なく無い拍手が彼に送られ、無機物萌えの参加者達は満足そうな面持ちだ。


『では、続きまして、有機物尊み代表、オスケモの複乳でぱふぱふして貰いたい会会長のイア・ケッドさんお願いします』


パチパチパチ


 同じく会場中に響き渡るアナウンスと共に、坂井さんと反対側の参加者席から、高級スーツを着こなしてレンズを輝かせた女性が立ち上がり、壇上へと向かう。

 静かな会場に コッコッ という規則正しい足音が響き、先ほどの坂井さんのスピーチも合わせて会場中が彼女を見つめる。


『ご紹介に与りました、オスケモの複乳でぱふぱふして貰いたい会会長のイア・ケッドです。世界性癖ディスカッションという素晴らしい場所で発表する機会を頂き、身に余る光栄です』


 彼女の声はマイク越しでも良く響き、こういった場所での発表に慣れているようだ。


『私も先ほどの坂井さんを見習い、まずはオスケモの複乳でぱふぱふして貰いたい会というのを説明させていただきましょう。

 オスケモの複乳でぱふぱふして貰いたいというのは、オスケモ、つまり雄のケモノの複乳を顔に当てたいという願望を持つ者達の集まりになります。この場合のケモノというのは動物状態から二足歩行の獣人、耳と尻尾が生えただけの見た目は人間の状態と幅広く含んでおります』


オオー


 メカ娘にスパッツを穿いて貰いたい団のメカ娘とは違い、ケモノであれば全て含めるというケッド女史の豪胆な説明に会場の何人かが感嘆の声を挙げる。

 限定するのではなく全てを受け入れるというのは性癖的に緩さはあるが、その分賛同を集めやすい。


『そしてぱふぱふは、まあ、分かるでしょう。顔におっぱいを当てる行為です。ただ、この場合はおっぱいではなく『雄っぱい』と呼ぶべきだと私達の会員規則では決まっています。

 これが私達オスケモの複乳でぱふぱふして貰いたい会であり、オスケモの雄っぱいこそが有機物の尊みの頂点に立つ存在だと認識しております』


オッパイ…


 ケッド女史が『雄っぱい』と発言した時、ケッド女史の後に大きく


雄っぱいmen's heart


 という文字が浮かび上がり、会場は少しざわつく。

 しかし、ケッド女史は会場の反応はなんのそのにオスケモの複乳についての話を続ける。


『そもそも、おっぱいという器官は胎生の生物である哺乳類にしか存在しない器官であり、その時点で全生命体から比べると貴重な部位になります。

 おっぱいとは子供に母乳を与えるために存在し、女性のおっぱいに母性を感じるのは男女共通に存在する感情であるとされています。小さくともおっぱいは人の感情を癒す効果があるのです。

 そして、哺乳類は雄にもおっぱいがある。乳首がある。これがどういう事か分かりますか?

 雄のおっぱいにも癒しの効果があるという事なのです。しかも四速歩行のケモノはそれが沢山。雄っぱいが沢山ですよ?沢山。沢山あるんですよ!?雄っぱいが!!』


 段々と熱を帯びていくケッド女史。

 会場内では既に引いている者も出始めているが、そこは『他人の性癖を笑っても馬鹿にはするな』というルールがあるので口には出さない。


『つまり、母乳の出ない雄っぱいは心を癒すためだけに作られた器官。そしてそれを複数持つオスケモは人を癒すための権化。この考えの賛同者達が私達オスケモの複乳でぱふぱふして貰いたい会なのです。

 そして、もうお分かりでしょうが、生命活動には必要ない存在ながらも、心を癒すためだけに存在する器官があるという事こそが、有機物の素晴らしさであると考えております。

 無駄に見えるかもしれないが無駄な物は何も無いという様式美。これこそが有機物に尊みを感じるポイントなのです!』


 ケッド女史は外見からは想像出来ない熱い口調でそう言うと、大きく深呼吸して自分を落ち着かせる。


『最も、私もまだオスケモの複乳に顔を埋めたことはありませんが、なんとか同意を得てオスケモの胸に圧迫されながら呼吸をしたいと考えております。

 もしも皆さんが理解のあるオスケモとお知り合いでしたら後で連絡先を交換しませんか?出来る範囲なら対価もお支払いします。

 まだ語りたい事はありますが、私の持ち時間はそろそろのようなのでこれで終了させて頂きます。ありがとうございました」


パチパチパチ


 ケッド女史はそう言いながら深い一礼をし、来た時と同じく コッコッ と足音をならっして席へ戻る。

 ケッド女史へも拍手が送られ、有機物尊み派の参加者達は興奮を隠せないでいるようだ。


 この後も無機物萌え派と有機物尊み派のスピーチは続き、会場は白熱して行った。





 議事堂内の休憩所にて、坂井さんとケッド女史は固い握手を交わしていた。

 二人はスーツを脱いでおり、お互いに衣服は身に付けていない。


「スピーチ良かったです。まさか自分に付いている複乳にこんなに興味を持つ方が居られるとは。最高の目覚めですね」


 坂井さんはお腹に手を当て、体毛に埋もれる乳首を擦る。


『私も、まさかこの関節部にそこまで執着を持つ存在がいるとは思いませんでした。新しい性癖に目覚めそうです』


 ケッド女史は坂井さんの胸元をズームしながら録画機能のスイッチを入れる。衛星を通してサーバーに保存するつもりだ。


「もし良ければ、この後スパッツをどうですか?貴方の白銀のボディに合いそうな良い物があるんです」

『ええ、喜んで。なんならスクワットもしましょう。私も貴方の複乳でぱふぱふして頂いても?』

「勿論です」


 二人はディスカッション後に付き合いだしたという。

 獣人と女性型ヒューマノイドのカップルは珍しいが、とても仲が良い二人だったそうだ。

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