その均衡を崩したのは、宗人だった。

 ある日、いつものように宗人と外に出かけていた時。

 立ち寄った公園でクレープの屋台があったので、買ってベンチで食べていたのだが。


「ねえ、姫」


「なに? 宗人」


 隣に座っていた宗人が、私の肩に寄りかかってきた。

 このぐらいのスキンシップはよくあるので、そのままにする。

 それで調子を乗ったのか、さらにクレープを持っていない方の手を握ってきた。

 さすがにそれは普段とは違うので、振り払いはしなかったけど宗人を見て首を傾げる。


「どうしたの?」


「えーっと、あー、うーんとね……」


 彼にしては珍しく、言うのを迷っていて、視線を忙しなくさ迷わせた。


「なに? なんかおかしいよ。面白い顔してる」


 私は手に少し力を入れて握り、問いかける。

 何か言いづらい話をしようとしているのが分かって、意地悪したくなったのだ。


「姫、なんで意地悪言うんだよ。あー、もうせっかく格好よく決めようと思ったのに!」


 そのせいで、宗人は軽く怒ってしまった。

 頬を膨らませてアピールをしている姿は、顔が良くなければ殴りたくなるだろう。

 私はやりすぎたと、また握る手に力を入れる。


「ごめんごめん。意地悪しすぎたね。それで? 話って何?」


 優しく声をかければ、宗人の機嫌はすぐによくなった。

 単純だなと思いながら、私はまた首をかしげる。

 そうすれば覚悟を決めたのか、真剣な顔でクレープを持つ手ごと握ってきた。


「え? え?」


「姫、あのさ。俺ね、俺、姫のことが好きだ。だから、だから俺と付き合ってほしい」


 クレープが潰れてしまう。

 そんなことを考えていた私は、宗人の言葉をきちんと聞いていなかった。

 しかしその直後に軽くキスをされてしまえば、聞いていなくても内容は自ずと分かってしまう。


「嘘……なんで?」


「好きだから、姫のことが会った時から大好きだったから」


 キスをしてから離れて、照れくさそうに笑っている宗人。

 私もつられて顔が熱くなってしまう。

 二人で見つめあいながら頬を染めて、しばらく固まっていた。


 初めに動いたのは、宗人だった。


「ごめん、急にやって。は、初めてだったんだけど。本当にごめん」


 触れ合うぐらいの近さから、人ひとり分の距離を開けて顔を背ける。

 私も柔らかい唇の感触が残っていて、自然と唇に手を当てた。


 急にされたのに、全く嫌じゃなかった。

 むしろ私は、心臓がどんどん高鳴っている。

 嬉しくて嬉しくて、自然とはにかんだ。


「あ、あのね。私、嬉しかった。嬉しかったの。キスをされて、ドキドキしている。もしかしたら宗人のこと、好きなのかも」


「え……嘘? 本当に? や、やったあ!」


 私の言葉に、宗人はガッツポーズをして喜ぶ。

 その喜びようは、見ている私まで恥ずかしくなってくるぐらいだ。

 それでも喜んでくれるのが嬉しくて、頬に手を当てて赤くなった顔を隠す。


「よ、喜びすぎだよ。そんなに嬉しい?」


「嬉しいに決まっているじゃん! ずっとずっと好きだったんだから。嬉しいよ。もう今から叫びまわりながら広めたいぐらい、『姫が俺の彼女になった!』って」


「もう。……馬鹿」


 私は可愛くない言葉を言ってしまったけど、たぶん本気じゃないのは伝わっている。

 こちらを見ている宗人の顔が、もうでろでろという表現が合うぐらいに甘いからだ。

 その視線があまりにも甘くて、私はさらに顔が赤くなってしまう。


「姫、大好きだよ」


「……私も、宗人が大好き」


 また宗人の顔が近づいてくる。

 今度は目を閉じて、私は唇の感触を受け入れた。



 こうして、私と宗人は付き合うことになったのだが。

 一番の問題になったのは、宗久にどう説明するかだった。

 今まで別々とはいえ、三人でいたのだ。

 しかし急に私達が付き合ったと知ったら、どう思うのだろうか。

 祝福してくれればいいけど、もしもそうじゃなかったら。

 私達の関係を拒否して、一緒に遊んでくれなかったら。

 それは嫌でたまらなかった。


 そんな最悪の想像をしてしまうと、絶対に言い出せない。

 私は宗人にも、そう伝えた。


「そっか、そうだね。分かった。バレないうちは、内緒にしておく」


 不満そうな顔をされたけど、それでも一応納得はしてくれたみたいだ。


 そういうわけで、私達は宗久に秘密にして付き合いを始めた。

 今までずっと一緒にいたのだから、関係は上手くいっていて、大変なのは宗久に気づかれないように嘘をつくことだった。

 めざとい彼は、私達の間の空気が変わったのに、すぐに気がついた。

 それでも何が理由かまでは分からなかったらしく、探りを入れてきた。


「ねえ、姫。何かあった?」


「え? どうして?」


 これは予想の範囲内なので、私は平常心を装って対応できた。


「最近おかしい気がして」


「どこがおかしいの? 私の顔とか言わないよね?」


「そんなこと言ってないだろ。意地悪しないで」


「あはは、ごめん。でも特に変わって無いのに、疑われている気分になる」


 顔に出さないように出さないように、それに気をつける。

 そして自分が普段にいそうなことを言えば、難しそうな顔をしていたけど深く掘り下げてはこなかった。

 もしも本気で攻められていたら、絶対に隠し通せなかったと思うから、諦めてくれて安心した。


 それから何度か、何かを言いたげな顔を向けてくることはあったけど、私に尋ねてくることは無かった。

 一番の難関だった宗久は、こんな感じで呆気なく終わったので、私達のお付き合いは順調に進んでいく。

 デートを重ねて、キスをして、そしてその先も。

 普通の男女がするように、私達は段階を踏んでいった。


 宗人とのお付き合いが、こんなにも楽しいものとは想像していなかった。

 もしかしたら、幻滅してしまうかもしれないという心配もしていた。

 でも楽しくて、このまま結婚してもいいかもしれないと思うぐらいだった。

 最初は彼のことを本当に好きかどうか分からなかったけど、今は大好きで大好きで仕方ない。


 私は、とても幸せだった。

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