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最近、祥太郎の行動がおかしいと感じるようになった。
いや、すでに中学生になった頃から、何となくおかしくなっていた。
どこがおかしいと聞かれると困るけど、でも妙にそれが気になった。
「朝姉、今日のご飯何?」
「ん? 今日はオムライスだよ」
「やった。朝姉のオムライス大好き」
気になっているとは言っても、理由が分からないから、今の所はそのままにしている。
中学生になって小生意気になったとはいえ、赤ちゃんの時から世話をしているのだ。
少し変だからといって、避けるなんてことは絶対にしない。
目に入れても痛くない親の気持ちが、結婚もしていないのに分かってしまっているぐらいなのだから。
祥太郎のせいにするわけでもないが、未だに私は独身である。
いい人が出来なかったというよりも、何となくタイミングを逃してしまった。
良くも悪くも、私の世界の中心は祥太郎で回っている。
そのせいで仮に付き合っている人がいたとしても、優先順位がどうしても低くなってしまう。
だから結婚してもいいなと思う人がいたのに、振られてしまった。
たまに祥太郎を優先してもいいと言ってくれる人もいるけど、少しすると向こうから離れていく。
そんなことを重ねていった結果、今の状況に落ち着いた。
今はまだ焦っていないから、結婚したいとは思っているけど恋人を探していない。
祥太郎にかまっているだけで、私の人生は満ち足りている。
もうしばらくは、このままでいようと考えていた。
祥太郎も年頃になってきたので、反抗期を迎えるかと思ったらそんなことはない。
私を慕ってくれて、世話を焼いても特に文句を言ってこなかった。
それをいいことに、私は気が済むまで世話を焼きまくった。
そのせいなのか知らないが、祥太郎は少しシスコン気味になってしまった気がする。
休みの日には、一緒に買い物に行ってくれる。
中学生になって友達もたくさん出来たはずなのに、その子達と遊ばなくてもいいのかと聞いたら、大丈夫としか言わなかった。
身内の贔屓目で見ても、祥太郎は格好いい男の子になっている。
だから彼女とかもすぐに出来るのかと思ったけど、全くその気配がない。
まだ、早いといえば早いかもしれない。
でも私は、彼女として女の子を紹介されるのを楽しみにしていた。
姉と言うよりも母親の目線になっていて、私は祥太郎を見ていた。
「祥太郎、学校はどう?」
今日は私の親も勉さんも仕事で遅いから、私と祥太郎だけの夕ご飯だ。
私特製のオムライスは、祥太郎の大好物。
だからいつも以上に、スプーンを進める手がはやい。
私はそれを微笑ましげに見つめながら、自分の分を食べる。
今日も上手に出来ていて、我ながら美味しいと思う。
しばらくは無言で食べて、それから私はいつもの話をすることにした。
学校での話を聞こうとすると、祥太郎は少し嫌そうな顔をする。
それでも私は何をしているのか知りたいから、無理やりにでも聞く。
「別に普通だけど……いつも通り、変わらないよ」
「もう、すぐそうやってごまかす。私は祥太郎が、学校を楽しんでいるのかどうか知りたいだけなのに。全然話をしてくれないから、つまらない」
「分かったよ。何が知りたいの?」
「え、えっと……学校は楽しい?」
特にこれが聞きたいという話があるわけではなかったので、そう言われると困ってしまう。
だけど何かしら聞きたくて、自分でもよく分からない質問をしてしまった。
祥太郎は馬鹿にしたような顔をしたけど、一応答えてくれるみたいだ。
「楽しいよ。でも朝姉と一緒にいる時の方が、俺は楽しい。一番楽しい」
私より一回り以上歳が離れているくせに、なんて女たらしな言葉を言うのだろうか。
話をしようとしたことを後悔してしまいそうなぐらい、ドキドキしてしまった。
しかし、やはりそれは家族愛の域を超えることはない。
「そう? そう言ってくれると、とても嬉しいな。私も祥太郎といる時は、すごく楽しいよ」
一番、とまでは言えないけど。
私の言葉に納得したのか何なのか、祥太郎の食べるスピードが上がった。
さすが成長期の、食べ盛り。
ここまで勢いよく食べてくれると、作り手冥利に尽きる。
私はまた微笑ましげに見ながら、自分はゆっくりとスプーンを口に運んだ。
祥太郎の様子が、更におかしくなった気がする。
私は自分の部屋で頭を抱えていた。
前から距離が近いとは思っていたけど、それがもっと縮まった。
しかも何だか、私を見る目が甘い。
それはもう考えたくはないことだけど、まるで昔別れた恋人達に、かつて向けられていたのと同じ種類のようだ。
その目で見られると、落ち着かない気持ちになってしまう。
だから同じ空間で過ごすのが嫌で、私は祥太郎を避けるようになっていた。
幸いにも手がかからない子供ではなくなったから、この状況がおかしいとは周りには思われない。
むしろ、今までの距離感がおかしかったのだ。
当たり前の関係になるだけ。
私はそう自分に言い聞かせて、祥太郎に会わないように努力していた。
しかし、さすがにあからさますぎて、向こうもおかしいとすぐに気づかれてしまった。
「ねえ、何で最近避けるの? 俺が何かした?」
少女漫画で有名になった床ドンをされて問い詰められた私は、あまりの顔の近さに口をパクパク動かすことしか出来ない。
今日は油断していた。
サッカー部に入った祥太郎は、部活で帰ってくるのがいつも遅いから、家で気を抜いてゴロゴロしていたのだが。
玄関の扉が開く音が聞こえてきて、家族の誰かが帰ってきたのだと思った。
だからそのままの体勢で出迎えたら、私のいるリビングに入ってきたのは、まさかの祥太朗だった。
「えっ? 何で?」
ソファで寝転がっていた私は、突然のことにパニックになったが、祥太郎を避けようと反射的に逃げようとした。
しかし私が動くよりも早く、祥太郎は近づいてきた。
そして逃がさないとばかりに、私に覆いかぶさってくる。
こうして少し違うのかもしれないが、床ドンの状況は出来上がった。
どんな言葉も言い訳にしかならないから、私は黙秘を続ける。
しかしそれは、さらに祥太郎の怒りをあおってしまったみたいだ。
「どうして何も言わないの? ねえ」
顔を近づけて、真顔で聞いてくる。
今まで弟や息子のように思っていたのに、今までに見た事のない顔をされてしまうと、知らない人みたいで怖くなってくる。
私はやはり何も言えないで、意味もなく口を動かすだけ。
「朝姉、聞いている? 俺のことを避けるのは止めて。そうじゃないと……」
そんな私の態度にしびれを切らしたのか、ただでさえ近いのにもっと顔を近づけようとしてきた。
このまま近づいていったら、最終的にはキスをしてしまう。
まさかそんなことをするとは思わず、私は止めようとした。
しかしまとっている雰囲気が怖くて、体も動かないし声も出せなかった。
だから止める人はいない祥太郎は、どんどん近づいてくる。
あと少しで、触れる。
私はこの状況に耐えられなくて、目を強くつむった。
「ただいま。……あれ、祥太郎君来ているの?」
あと数センチ。
その距離まできた時に、玄関が開く音と共にお母さんの声が聞こえてきた。
さすがの祥太郎も、舌打ちをしながらも離れてくれた。
キスをしなくてすんだ安堵から、私は大きく息を吐く。
そんな私の頭を撫でてきた祥太郎は、ニッコリと笑って言った。
「邪魔が入っちゃったからね。残念だけど、今日は諦めるよ」
そして軽く頭にキスすると、さっと立ち上がりお母さんのところに行ってしまった。
祥太郎の後ろ姿を見ながら、私の心臓は騒ぐ。
しかしそれは、恋とかいう甘いものでは無い。
祥太郎が何を考えているのか分からなくて、怖い。
ただ、それだけしか感じなかった。
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