衝撃の出会いのせいで、気を失ってしまった私。

 次に目を覚ました時は、まず真っ白な天井が視界に入った。その次に、心配そうに覗き込む男の子の顔。

 最初それが誰なのか分からなかったが、ぼんやりと思い出す。

 デパートで買い物をしている時に、出会った迷子の男の子。

 確か名前は、


「……こうた、君」


「ママ、だいじょーぶ?」


 私が途切れ途切れに名前を呼べば、覗き込んでいたこうた君の顔がパッと輝く。

 そして勢いよく、私の首元に抱きついてきた。その感覚に、ぼんやりとしていた記憶が一気に蘇った。

 こうた君を迷子センターに連れていく途中でお父さんを見つけて、突然名前を呼ばれて抱きしめられて。

 そして、男性の亡くなった奥さんに似ていると言われた。

 そうだ。私はそんなことを言われて、意識を失ったんだった。


「大丈夫ですか? さくら、さん」


 私は頭を押さえながら、こうた君と一緒に起き上がる。そしてその先に、男性が立っているのに気がついた。


「あ、えっと大丈夫です。すみません、運んでもらって。えーっと……」


 知らない部屋だけどベッドがあるということは、デパートの救護室だろう。きっと男性が運んでくれたのだと思って、私はお礼を言おうとしたのだが彼の名前を知らなかったので戸惑ってしまう。


「あっ、そうですよね。自己紹介がまだでした。私の名前は、一ノ瀬涼介です」


「一ノ瀬さん、ですか。私の名前は佐倉美千乃と言います」


「佐倉、美千乃さんですか。よろしくお願いします。ここまで運んだことは、気にしないでください。あなたが倒れたのも、私が原因だと思いますので」


 一ノ瀬さんは、私の方に近づいてきてこうた君の頭を撫でた。その顔は優しさに満ち溢れていて、少しだけ胸がドキッと高鳴った。

 しかしそれは気のせいだと、私は頭を振って煩悩を消し去る。


「いや、私が急に倒れただけですので。すみません。……私、どれぐらい寝ていたんですか?」


 いくら出会いがおかしかったとはいえ、倒れたところを運んでもらったら、警戒心は薄れてしまう。私は頭を押さえ続けながら、一ノ瀬さんに笑いかけて話をする。


「っ! えっと、そうでもないですよ。十分か二十分ぐらいです。それよりも、ずっと浩太が手を握って離さなくて。しびれたりしていないですか?」


 思ったよりも近い位置にいる彼は、私を抱きついたままだったこうた君を抱き上げた。


「しびれていないので、大丈夫ですよ。それよりも私も目が覚めるまで待っていて、退屈だったでしょう」


 私から離されたこうた君は、こちらに向かって必死に手を伸ばしてくる。


「ママ、ママ、ママ」


「こら、浩太。ママじゃないから、迷惑をかけるんじゃない」


 今にも泣きそうに、私をママと呼ぶこうた君。


「一ノ瀬さんがよろしければ、私が抱っこしますよ」


「え、そんな悪いですよ」


「むしろ抱っこさせてください。こうた君がそろそろ泣きそうですから」


 私は母性がくすぐられて、一ノ瀬さんに許可を得て抱っこさせてもらった。

 腕の中におさまった途端、胸に顔を寄せてこうた君は安心した顔を浮かべる。その顔を間近で見てしまった私は、一ノ瀬さんに聞いた。


「あの、そんなに似ているんですか? 私の顔」


 好奇心から聞いただけだったのだが、一ノ瀬さんは興奮気味に懐から何かを取り出して私に渡した。

 それは一枚の写真だった。


「彼女は、写真があまり好きでは無かったので。この一枚しか残っていないのですが」


 家族写真なのか、一ノ瀬さんとこうた君と奥さんが写っている。

 私はそれを見て、息を飲んだ。

 本当に似ている。まるで私が一緒に撮ったかのように、自分で見ても似ている。

 写真を持ったまま固まってしまった私の肩を、一ノ瀬さんは落ち着かせるように優しく叩いた。


「驚きましたよね。私も浩太も、あなたに会った時は妻だと勘違いするほど、とてもよく似ているんです。妻の桜とあなたは瓜二つだ」


「え? 奥さんの名前は、さくらさんって言うんですか」


「ええ。だから、あなたの名前も名字とはいえさくらだと聞いて、こんな偶然があるのかと驚きました」


 本当にこんな偶然があるなんて。

 あまりにも出来すぎていて、何かのドッキリなのではないかと思ってしまう。

 私は写真を返して、こうた君の背中を優しく撫でた。


「確かにそこまで似ていたら、勘違いしても仕方ないですね。凄く似ているから、私が一緒に写真を撮ったのかと思いました」


「本当によく似ています。特に笑った時の顔が、一番そっくりです」


「そうなんですか」


 だから私が笑った時に、視線が強くなるのか。私は納得がいって、寝ていたベッドから降りようとした。


「まだ、寝ていた方が……」


「大丈夫ですよ。ぼんやりとした感じも無くなりましたから。元気になったのに、いつまでもベッドを占領したら悪いでしょう」


 慌てて止められそうになったけど、私は大丈夫だと手で制した。私は、抱っこしたままのこうた君の顔を覗き込む。


「そろそろ、私帰らなきゃ。こうた君、バイバイしてもいい?」


「いやだ。ママといる」


「こら、浩太」


 別に予定があったわけでもないけど、帰ると言わなきゃ別れが寂しくなりそうだから、寂しくなる前に別れようとした。

 しかしこうた君は、一気に涙目になって私にしがみつく力を強める。

 一ノ瀬さんが叱るけど、全く離れる気配はない。

 私は困ってしまって、彼と顔を合わせて苦笑した。


「えっと、帰らなきゃいけないと言いましたけど、もう少しこのままでも平気です。こうた君、確かおもちゃ屋があったよね。一緒に行こうか」


「……うん!」


「そ、そんなことまでしなくても良いんですよ。浩太には、私からよく言い聞かせますから」


「いえいえ、気になさらないでください。こういう風に、可愛い男の子と接する機会はなかなか無いので。私も楽しいですから。むしろ勝手に行くと言って、大丈夫でしたか?」


 これは別れは悲しくなるかもしれないけど、もう少し一緒にいるか。私は最後まで付き合う覚悟で、こうた君と遊ぶことにした。すでにこうた君のことを、可愛いと思うぐらいには好きになっていたからだ。

 そして一ノ瀬さんと共に、デパートにあるおもちゃ屋に向かったのだった。



 まさかこれが、私と一ノ瀬さんのなれそめになるなんて、人生とはどう転ぶか分からない。

 この日、浩太君は私が帰ろうとすると、手が付けられなくなるぐらい暴れた。

 そのせいで一ノ瀬さんが大変そうだったので、普段だったら絶対にしないが私は彼と連絡先の交換をした。

 そして何度か会う内に、浩太君はもちろん一ノ瀬さんのことも、いつのまにか好きになっていたのだ。

 それは一ノ瀬さんも同じだったみたいで、彼の方から告白をしてくれた。



 最初は、彼の亡くなった奥さんのことを考えてしまったけど、すぐに私は別の人間だと割り切った。

 浩太君も本当の母親のように慕ってくれて、誰にも反対されること無く私達は法律上の家族になった。

 それからの生活は穏やかで、楽しくて、平和に過ぎ去っていった。

 彼、涼介さんは前の奥さんの話を全くすることなく、私を全力で愛してくれた。

 その愛を一身に受け、そして可愛い浩太君と三人で、まるで初めからそうだったみたいに本物の家族になっていった。

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