また会いましょう

第1話 また会いましょう

俺は自分の気持ちを言葉にするのが下手だ。人付き合いも苦手だ。だから、だんだん人と関わらず避けるようになった。


少し寂れた神社の近くに桜の木がある。小さい頃から自然と通うようになった。人間相手では言えない愚痴も、思いも、全て話した。人気のないこの場所は、俺にとって心の拠り所となっていった。


18歳になったある日。いつものように一人で桜の木へと向かう。最近暖かくなってきたからか、ちらほらと蕾が開き、春の準備をしている。いつもと変わらないな、そう思っていた。……彼女を見るまでは。


「こんにちは」

先程まで誰もいなかったはずだ。ふっと気配なく現れたその少女は、桜色の綺麗な着物を着ていた。桜のかんざしが揺れて、鈴がリンと鳴る。黒髪のロングヘアがサラリとなびいて、桜の香りがした。

「こ、こんにちは……」

思わず挨拶してしまったけれど、彼女は誰なのだろう。困惑する俺を他所に、彼女はふわりと微笑んだ。

「毎日会いに来てくれているのに、つれないのですね。私は、その桜の木の精です」

「……は?」

やっと受験勉強が終わって、大学が決まって。疲れが出ているのだろうか。目をこすってみる。彼女は俺をからかっているのではないと思う。ぽかんと開いた口が塞がらない。……木の精?


「私は、この場所から離れることはできません。貴方が外の世界の話をしてくれる度、ワクワクしていたのですよ」

そう言って嬉しそうに笑う彼女。……俺の愚痴とか思いとか聞いて、何が楽しいんだろう。本当に嬉しそうにする彼女に、俺は俺の知る世界の話をたくさんしてやった。特に変哲もない平凡な毎日の話を、彼女は楽しそうに聞いていて。俺もついつい話しすぎてしまった。


彼女に出会ってから数日がたったある日のこと。彼女は珍しく落ち込んでいた。理由を聞くと、重い口を開く。

「明日、私の木が処分されるそうです」

この場所を新たな観光地にする為に、大幅に変えるらしい。

「だから、貴方とこうやってお話できるのもあと僅かなのですよ」

悲しいのを振り払うように彼女は笑う。泣くなとも、泣いて良いからとも、言えず。ただ彼女を抱きしめようとした手が、するりと体を通り抜ける。……そうか。精だから触れられないのか。


「でも、私は『さよなら』は言いません。……その代わりに『またね』」

彼女が頬にキスを落とした。触れられないはずなのに、唇の柔らかさやあたたかさが感じられた気がした。


……なんなんだよ。できない約束なんて、するなよ。だから、何かと関わるのは嫌なんだ。



チチチ、と小鳥の鳴き声で目が覚める。カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて目を細める。

「夢、か……」

どこからが夢で、どこからが現実だったのかさえ、あやふやで。この曖昧な感じは、目覚めたばかりで頭が働いていないからなのか、はたまた「桜の木の精」なんて非科学的な存在を見たからなのか。どちらにしても、窓から見える青空とは対照的に、俺の心はモヤモヤとしている。

「……?」

頬に触れると、濡れていた。

「なんだよ、俺。夢みて泣くなんて、子供じゃあるまいし……」

そうは思っても、次々と溢れ出る涙は留まることを知らない。ああ、俺は単純に「あの子」と会えなくなるのが、悲しかったんだ……。


それから、思い切って桜の木のある場所へ足を向けた。行ってみて、現実を見せつけられるのが怖くて。なかなか来れずにいたけれど。このままじゃ、俺の気持ちが陰鬱としたままだ。


「……ない、か」

元々桜の木のあった場所が、ぽっかりとあいていた。まるでそこに何も無かったと言わんばかりに。

「……また会いたいな」

夢の中の出来事だと分かっている。分かってはいるけれど、彼女の笑った顔、甘い香り、全てが脳裏に焼き付いて離れなかった。俺がこうして生きているのも、彼女にずっと話を聞いてもらったからと言っても過言ではないくらい、彼女に感謝していた。ああ、また泣きそうだ。大の男がこんな所で泣いてるなんて、格好悪いじゃないか。地面に触れると、木の根さえ見当たらなくて、それが俺の気持ちをより一層重くさせた。そんな時だった。ふわり、と。あの桜の甘い香りに包まれる。


「こんにちは。また会えて嬉しいです」

そう言って、巫女姿の少女が飛びついてきた。

「な、な!?」

「忘れたなんて言わせませんからね?」

そう言って彼女が笑う。

「あれは、夢じゃ……」

「さあ、どうでしょう?」

クスクスと笑う。案外意地悪なんだな、君は。


「あの時、ぎゅーってしてもらえなかったから。今度こそぎゅーってしてください!」

両手を広げて彼女が待っている。

「断る!」

あの時はそういう雰囲気だっただけで、今改めて抱きしめるなんて恥ずかしくて無理だ。

「つれないですね。私は貴方のあんな事やこんな事まで知っているのに」

「誤解をうむ言い方をするな!」


あの時の出来事が夢か現かなんて、この際どうでも良かった。また会えた。君に触れられる。それだけで、俺の気持ちは満たされていった。


どこからか、桜の花びらが舞い落ちる。ひらり、ひらりと舞う桃色の花弁は、まるで俺達の再会を祝って舞っているようにも思えて、ひとひら手のひらに乗せる。彼女が「浮気です」なんて茶化すから、そっとポケットに花びらを仕舞った。



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