自分らしさ(KAC7:最高の目覚め)
モダン
桜の季節
俺はいつも睡眠欲にとらわれている。
暇があれば寝る。
何故か。
眠りが浅いからだろうと思う。寝れば、悪夢か金縛り。とても熟睡なんてできない。
だが、これは小さい頃からのことだから、仕方ないものと諦めはついている。
子供の頃はオカルト的な想像をして、怯えていたものの、成長するにしたがって自分の心の弱さだとはっきり自覚するようになった。
なので、精神科に通ったりもしたのだが、薬を処方されるだけで改善は見られなかった。
その後、自律神経訓練法を試したり、睡眠用の音楽というのを聴いてみたり、いろいろ自己流で試してみたが、これまたたいして効果はなかった。
夢は必ず見るが、もっとも多いのは仕事のミスやトラブルで苦しむパターンだ。これが8割。
次に多いのが、靴をなくすストーリー。宴会やイベントで靴を脱いで会場に入り、帰りに自分の靴が見当たらないという結末。何度も繰り返しているのに、懲りずに毎回、困惑する。夢占いによると、不安な心理の反映とも、トラブルの前兆とも、いずれにしても不吉な意味らしい。
金縛りは経験しているうちに慣れるという人もいるが、俺は何百回繰り返しても、いまだに苦しみ続けている有り様だ。
まあ、すべて日常のことなので今さら驚くこともないけれど、毎朝疲れて目が覚めるのは辛い。
ただ、まれに明晰夢というのか、『これは自分の夢の中だ』と自覚していることがある。
空を飛ぶ夢の時は、高さやスピードも思いのままだった。
悪夢の時も、相手を思い通りに操作することができた。
これは目覚めこそ悪くないけれども、見ようと思って見れるものでなく、滅多にないことだから、例外中の例外と言える。
その夜は、友達とスカイプで話してたはずなのだが、いつの間にか寝落ちしてしまったらしい。
ふと目を覚ますと、いつもの出勤時間を過ぎていた。確かに目覚ましのセットもせず寝てしまったんだから寝坊もするだろうが、実家に住んでるのに、親は起こしてくれないものなのか。
いや。今は、考えたり八つ当たりしてる暇などない。とにかく支度しないと。
とりあえず、着替えだけ済ませて洗面用具を鞄に突っ込み、家を飛び出した。
そして、いつもの電車へ……。
しかし、おかしい。
車内に掲示されている路線図には見たこともない駅名ばかりが並んでいる。
当然、知らない駅に停車する。
一気に乗客が降りる。
俺も降りなきゃ。そして、引き返そう。
もう、完全に遅刻だ。
電車を出たら、反対側のホームへと考えていたが、線路は一本しかない。
単線?
待っていれば逆方向の電車がくるのか?
何がどうなっているのかわからないが、もう会社に行くのはよそうと決めた。
時間の問題でなく、精神的に耐えられないからだ。
とすれば、焦って動く必要もない。
じっくり考えてみることにした。
ここはどこだろう。
さっき、大勢の人達がここで下車したはずなのに人影はまったくない。
一旦、駅の外に出ようと改札に向かったが、自動改札機はなく駅員もいない。
無人駅?
表は普通の町並みで、商店街の通りも見える。それほどさびれている所でもなさそうだ。
が、人はいない。
少し歩いてみることにした。
まだ開店前だとしても、駅に続く商店街に誰もいないというのはおかしい。
そんな商店街を抜けると鬱蒼とした森が現れた。
道なりに森の中へ入っていく。
辺りはどんどん暗くなる。
つれて、徐々に胸がしめつけられるような息苦しさがひどくなる。
あ、これは夢か。
その瞬間、一気に緊張が緩んだ。
森か。たぶん、ふくろうだな。
鳴いてみろ。
「ほーほー」と聞こえてくる。
そして、そのふくろうはばあちゃんだ。
「よくわかったね」
音もなく俺の前に登場。
ばあちゃんは先週亡くなったばかり。
最期の言葉は、『じいちゃんを追い詰めて自殺させたのは私だ』という告白だった。
その背景には、ばあちゃんの人並み外れた上昇思考があった。
俺は、ばあちゃんに後悔してほしかった。
その方が、人として好ましいと思うからだ。
でも、ばあちゃんは親父に「その事実を受け入れてプラスに転じろ」と押しつけただけだった。
これが明晰夢なら、ばあちゃんに俺の考えたセリフを吐かせることができるはずだ。
反省してみせろ。
「相変わらずつまんない男だね。
視野が狭すぎるんだよ」
何だ何だ?結局、ただの悪夢か。
「だって、ばあちゃん、たくさんの人を傷つけてきたんでしょ。後悔とかないわけ?」
「じゃあ、想像してみなさい。
私が傷つけたと気にしている相手がそれを忘れてる、あるいは何とも思ってないケース。反対に、私の気づかないところで、大きな傷を負わせてしまった人がいるケース。
そう考えれば、記憶と真実は必ずしも一致しないことがわかるでしょ。過去に振り回されることがいかに不毛かも。
そうは言っても、人には傷ついたり傷つけたりしたことが悩みや苦しみとして消せずに残ることもあるわね。
それがそのまま、その人らしさになるのよ」
ばあちゃんは俺の意向を無視して話し続ける。
「私は周りからどう思われようと、私らしく生きてきた。
私の息子、そう、あなたのお父さんも最近、自分らしさを手に入れた。
あなたも、あなたらしさを見つけなさい」
ばあちゃんは、女神じみた優しい眼差しで俺を見つめる。
「本当の自分とか、理想の自分とかは要らないのよ。
今の自分を受け入れて、ただ前を見てればいい。そうすれば、自然に一歩踏み出せるから。
無理に乗り越えようとしなくても、時がすべて解決してくれるものよ」
最後のセリフは俺が言わせたのかもしれない。
辺りが次第に明るくなってきた。
そして、森の木々が照らされると、そのすべてが桜であることがわかった。
ひとつ、ふたつ、蕾が開花する。
俺は念じた。
開け、もっと開け!
森全体がどんどんピンク色に染まっていく。
風よ吹け!
一気に花びらが舞い上がる。
人は、誰か人はいないのか?
いる。あちこちに、花見客が見える。
みんな、知っている顔だ。
親戚や友達、以前の職場で一緒だった同僚、それぞれのグループで盛り上がっている。
桜の向こうにたくさんの笑顔が広がっていた。
ああ、電車から降りてきた人たちか。
みんな、ここに集まってたんだ。
ばあちゃんも笑っていたのだが、気がつくと、いつの間にか消えてしまっていた。
かわりに現れたふくろうが、ゆっくりと桜吹雪を突き抜けて青空に吸い込まれていく。
「あらあら、電気つけっぱなしで床にごろ寝?
ちょっと暖かくなるとすぐこれだ。
まったくあんたらしいわ」
お袋の声に起こされた。何しろ実家住まいだから。
「俺らしい?」
最高の目覚めだった。いつもと同じ朝なのに、驚くほど心地よく感じられた。
こんな『俺らしさ』を認めるところからスタートでいいのかな?
心の中でばあちゃんに笑いかけた。
「何か食べるものある?」
お袋は目を丸くして俺を見つめている。
「最近、あんたらしくないことも増えてきたわね。朝御飯欲しがるなんて……」
「一歩踏み出したんだよ」
「何それ」
「今朝は快適ってこと」
「よくわかんないけど、そうなら、お母さんも嬉しいわ」
夢は、ばあちゃんのお陰か、自分の深層心理か。いずれにしても、これをきっかけに悪夢から解放されればいいんだけれど。
自分らしさ(KAC7:最高の目覚め) モダン @modern
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます