校内全力サッカー

DDT

第1話

「キックオフ!」

鋭い笛の音がキャンパスに響き渡る。

始まった、とうとう始まった!

オレの心臓がどっどっと波打った。


体育会をまたいだ編成によるオレたちのオレたちによる晴れ舞台。

相手はラグビー、柔道、相撲部の重量混合チームで、オレたちは陸上、野球、サッカー部の最速混合チームだ。

そのプライドをかけた、いわゆる絶対に負けられない戦いが今ここにあるというわけだった。


わが地方私立それなり大学、今年の文化祭の目玉は校内サッカー企画だ。

英国におけるフットボール発祥の史実に基づいて、原始的サッカーをやろうやないか、と関西人の学生会会長がぶち上げた企画である。

フットボールは城塞の内側、すなわち住民が集まり街中をピッチにして行われたのが始まりだという。

真偽は定かでない、それはオレたち的には問題ない。

という名目で合法的にむちゃくちゃ暴れよう、が体育会所属学生たちの合意だった。


一応キャンパスを見渡せる本講堂の屋上に審判数名を置き、ビデオカメラも設置する。

ピッチとなる各要所にも監視できる人を置く。ただし見落とされればセーフ。手で持たなければ何でもあり、になりそうな予感がした。


ゴールキーパーには女子が抜擢された。

これは会長たっての希望であった。理屈としては、以下の通り。

「このゲームの上ではゴールまで運ばれないよう妨害することがメインやから、ゴールを守るという役割は形骸化しとる。

キーパーはいなくてもいいくらいだが、ここはひとつ。守り神となる女神を配置しようやないか」

ここで会長は声をひそめた。

「勝ったチームの得点者には優先的に告白チャンスを与えるってのはどうや?」

盛り上げるためセクハラまがいの餌をまいた、ということらしい。

付き合えるという確証はなく、そもそも女子が断れば意味ないのではとオレは思ったが、普段女っけのない一部学生たちはこの設定だけで興奮、萌えあがったようだ。

学内外の女性の非難を避けるため、参加者には重要秘密事項としてすみやかに通達された。


校内といっても、ゆるやかな高低差のある敷地にAからEまで大きく分けて5棟がランダムに立ち並び、それぞれ渡り廊下や外階段で連結されている。空調機器が並ぶデッドスペースや裏庭、駐輪場・駐車場、サービスエリアを含むとけっこう広大で複雑だ。

建物内には立ち入り禁止。

それぞれのゴールは敷地の端と端をとって、A棟脇とE棟入口前に設けられた。


さて中央広場でのキックオフ後、すぐに動きがでた。

サッカー部のふたりがボールをキープして一気に攻める。さすが腐っても鯛、じゃなくてサッカー部員。陸上部のオレではやはり要領が得ない。

それをどかどかと集団で追う重量混合チーム。

通常試合の11人では少ないのでは、何よりみんなでたい!ということで選手は二倍の22人体制。マラソン大会か、と思う。

すぐにオレはボールを見失ってしまったが、これは想定済。

それぞれ打合せ通りに自分の持ち場に散っていく。ディフェンスのオレはゴール手前のD棟裏にある中庭に素早く移動した。ここで迎え撃つ。うまく目の前を通過すればの話だけれど。

遠くで歓声が聞こえる。まだ近くにはいないらしい。

この隙にと、オレは耳の中に隠れるイヤホンを装着した。

これが今回のスペシャル作戦、秘密アイテムだった。

本講堂の屋上にいる審判員の中に、スパイをひとり潜り込ませておいた。奴から今どこにボールがあるか、といった指令がくる。

相手ががむしゃらに走り回る一方、オレたちは的確にフォーメーションを組んでボールを運ぼうという作戦。いきなりの本番実地だから不安はあるが、何もないよりはましだろう。


その時、長いホイッスルの音。

「あっゴールされちゃいました」

耳元から聞こえる間の抜けた声。まったくダメじゃんこれ、オレは脱力した。


敵は前日までじっくりと下見をして、ボールを運ぶルートをシミュレーションしたらしい。オレたちだってそこはぬかりないつもりだったが、重量混合チームは奇策ともいえる難関ルートを生み出していたらしい。


あっという間に前半45分が終わり、自分たちのゴール脇に集まったオレたちは焦っていた。

「おかしい。ボールがワープしたとしか思えん」

サッカー部フォワードでイケメンの佐々木が言った。

「なんでボールはこっちにこなかったんだ?」

と声をそろえたオレと水谷と内田。

オレたちの作戦では3人が抑えたルートのどれかを必ず通ると思っていた。

「知らん」

ボールをキープしていた山野井が声を荒げた。

そこに忍者のような小走りで斎藤がやってきた。本講堂の屋上から駆け付けたので息を切らしている。

「わかりました! ボールはD棟とE棟の渡り廊下の屋根に蹴り上げられて、傾斜をすべってE棟前の絶好の場所に落ちたんです」

波打ったガルバリウム鋼板の上を勢いよく転がるボールが脳裏に浮かんだ。

「その手があったか」

オレたちはさらに頭を寄せ合った。

「こうなると選択はふたつしかない。妨害か出し抜くか、だ」

「ロープを張るとか」

「ダミーのボールを使って撹乱するのは?」

「友達にキックスクーター借りるか」


しかしオレたちにはもう時間がなかった。準備の足りなさを悔いながら、残りの時間を精いっぱい戦うことでプライドを満たそうと決めた。まだ諦めるのは早い。


ところが、敵は周到だった。

あとから考えれば当然の作戦だが、その時はこんなあほらしいことには気が付かなかった。

後半のキックオフ後、再び軽快にボールを支配するサッカー部を見届けたつもりだったが、20分が過ぎて膠着してきた時に事件は起こった。

ボールが消えたのだ。


もうお互いフォーメーションも何もなかった。

オレたち全員がボールを見失い、ボールを求めてうろうろと走り回った。隠したヤツ以外は、だが。

屋上の審判員も、各々立っていた審判員たちも騒然。

「新しいボール持ってこい!」

と怒号が飛ぶ。


その時オレは気が付いた。

前半の時にはなかった鉄製のごみ箱がさりげなく、D棟脇に置いてあるじゃないか。

蓋を開けるとボールがあった。

体を突っ込んで掴みだしたオレの後ろから誰かが強烈なタックルをかました。

ラグビー部の猛者がボールを抱えて走っていく。

それをスライディングして転がし、止めたのが野球部の内田。初めてボールにさわった瞬間だった。

すぐさまパスされたサッカー部員たちがボールを敵ゴールへと運ぶ。

オレも一緒に並走する。全員が全速力で走った。

ロスタイムは3分。ゴールはもう目の前だ。


その時、佐々木が足をひねってどうっと倒れた。

ころころとオレの前に転がってくるボール。

「お前にまかせた」

くやしそうに佐々木が言った。


A棟脇のゴールに女子が見えた。

あれが女神か。

オレは落胆した。

あの子は同郷の1年生、増田じゃないか。さてはゴールキーパーのなり手がなくて駆り出されたか。

増田はいい子だが、いやえーっと……。

もやもやしながら思いきり蹴ったシュートは、最悪な結果となった。

運動神経の鈍い増田が顔面で受け止めたのだ。


校内サッカー企画は歯を折る負傷者をだし、一回だけで中止となった。

しかし増田をお姫様抱っこして救護室に走ったオレはちょっとした有名人となり、その後なぜか増田に逆告白され、今に到る。

試合には負けたがなんとなく勝ったかなと思っている。


終わり

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