第21話

 斬り裂かれた傷口から吹き出す血液が空気中で凍結し、まるで花弁のように広がって行く。


 防御は出来たはずだ。

 攻撃がくる直前に雪華晶は相手の軌道を見切り、刀と鞘を用いて斬撃を受け止める筈だった。


 しかし、雪華晶の想定を遥かに上回る斬撃は雪華晶の防御ごと切り裂いてしまったのだ。

 雪華晶の手からスルリと半分に折れた鞘と刀が地面に落ちる。


 あまりにも大きなダメージに雪華晶の意識が薄れて視界が霞む。


 どうしてこうも不幸は重なるのだろうか?


 もしかしたら、魔法少女になったあの日、本来だったら死ぬ運命であったのかもしれない。

 逃げた獲物を追うように理不尽なまでに死の運命は影人を捕えようとしてくる。


 ……ふざけるなよ。


 消え行く意識の中で影人の心に火が灯る。


 抗ってやる!


 怒り、そう怒りだ。

 弱い自分、理不尽な敵、クソッタレな死の運命に影人は激しい怒りを覚えた。


 崩れ落ちそうになる身体を意思の力で支えて、紅蓮の花弁を掴んで手折る。

 死に瀕して鋭さを増す瞳は人形を捉えた。


「アアアアアア!!!!!」


 あらん限りの声を上げながら雪華晶は紅蓮の花弁で人形を斬り付けた。


『!?』


 まさか武器を破壊されて瀕死の状態から攻撃を繰り出してくるとは思わなかったのか、人形は雪華晶の一撃を避けられずに袈裟斬りにされる。


 しかし、それは致命傷には程遠い傷にしかならなかった。


『ガハハハ!!その状態でまさか血液で斬り掛かってくるとはな!!ワシに一矢報いるとは素晴らしき闘争本能、ぐっ!』


 人形の傷口から入り込んだ雪華晶の血液は体内で氷を形成しているのか、人形の傷口の内側から鋭い氷の結晶が生えてくる。


『この傷……撤退も視野に入るな。一矢どころか相打ちか。クク……弟子にしたいくらいだ』


 人形が瀕死の重傷を負いながらもなお戦う意思を見せる雪華晶に賛辞を送る。


『久々に正気に■ったが……あまり時間が■■ようだ』


 人形の顔に入ったヒビが徐々に修復されていくのと同時に人形の言葉が聞き取れなくなっていく。


『姫……申し訳■りませぬ。■■は自らの■で終わり■■る』


 人形は雷の刀を自身の首に当てる。


『小娘、感謝する』


 人形はそれだけ言うと自らの首を跳ねた。

 あれだけの死闘を繰り広げたと言うのに、最終的には人形の自害で幕を閉じる。


 人形の遺体はノイズに包まれて、あたかも始めから何も存在しなかったかのように消えてしまった。


 周囲には戦闘による破壊痕と死にかけの雪華晶だけが残される。


「なん……だったのよ……」


 雪華晶は力が抜けたのか仰向けに倒れて湖面のような空を見上げる形になる。

 空には大慌てでこちらの方へ飛んでくる二人の人影が見えた。


「遅いわよ」


 おそらく、彼女達は近くで戦闘音を聞いてやって来た魔法少女達なのだろう。

 しかし、全てが終わってからやってきた相手に救助されるのは癪である。

 雪華晶はつ仰向けの体勢のまま現実世界へと帰還した。


 魔法少女の世界間の移動は同じ魔法少女でも捉える事は出来ない。


 ―――――――――――――――――――――



「疲れた……」


 定時退社だったと言うのに精神的疲労は徹夜残業並みだった。


 素晴らしきかな2つの身体。

 魔法少女雪華晶としての身体はズタボロも良い所だが、社会人夏山影人の身体は傷一つない健康体である。


「つか、ダメージ受け過ぎると変身できなくなるのな」


 感覚的な物だが影人は変身するための繋がりのような物を通じてNG信号的な物が送られているのを感じていた。


 幻想体が完全修復されるまで変身することは出来ないだろう。


 影人は椅子にソファに坐って今日の出来事について考える。

 ナビィから受け取った魔法少女用のスマホは破壊されてしまった為に今日戦った敵が何なのか調べる事は出来ない。


 だが、あれがどう言った敵なのか心当りがあった。


「3つ目の敵、ノーフェイスか……」


 インベーダーやシャドウとも違う存在。

 ナビィも敵について語っている時にノーフェイスについてだけは触れようとしなかった事を思い出す。

 何も話さなかったことで逆に影人の心に印象を残してしまったのだ。


「なんだったんだろうな……」


 途中から人間のように喋りだし、自ら命を断った謎の敵。

 最初こそ殺意を剥き出しにして襲って来たが、最後の一撃は間違い無く手心を加えられていた。

 人なら即死だが、雪華晶ならギリギリ生きていられる絶妙なラインの手加減。


 インベーダーとは違いただの敵ではないと言うことなのだろうか。

 現時点では何も分からないし、それを知ってそうなナビィの口は固そうである。



「……強くならないとなぁ」



 兎にも角にも、現在の影人の課題はそれに尽きる。

 師匠であるヒノミコの方針は長時間の変身で魔法少女の身体に適応する事だったが、生活環境の変化でそれも難しそうである。


 手っ取り早く力を高めるには……


「剣の修行あるのみか……」


 地力を高めるのが難しいのなら、それを技術で補ってしまえば良い。


 それが影人の出した結論だった。

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氷刃の魔法少女 空想現実主義 @ruikuroud

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