第20話

「マネキン?」


 そこにあったのは球体関節を持った人間大の人形。

 真っ白で陶器のようにツルリとした表皮は極限まで凹凸を削ぎ落としており、マネキンと言うよりは安いデッサン人形のような外観をしている。


「シャドウ……じゃないわよね?」


 シャドウ特有の黒い煙を纏ってはいない。


「……」


 動きはない。

 だが、目を離した隙に5回は殺されるのでは無いかと言うプレッシャーを雪華晶は感じていた。


 そのプレッシャーが殺意と知ったのは直後の事である。


『■■■■■■■■■ァ■■■■■!!!!』

「!!」


 人形の上半身がブレる。

 動作の過程を省略したような異様な動きは、連続撮影機能で撮影した写真を連続で見ているかのようだ。


 その異様な動きと共に放たれた叫びは周囲の建造物を揺らし、ガラスが弾け飛ぶ。

 それは叫びと言うにはあまりにも無機質で、歯車の軋む音にしてはあまりにも感情の籠もった咆哮だった。


 雪華晶がが思わず耳を塞いでしまったのは仕方の無い事だったろう。

 さもなくば鼓膜が破れていたのだから。


 咄嗟に取ったその行動は敵に対して致命的な隙を晒す選択でしかなかった。


 青白い閃光。


 雪華晶がそれを認識するのとほぼ同時に右手のスマホが爆発した。


「……やってくれるじゃない」


 火傷した耳を氷が覆い傷口を塞ぐ。

 痙攣する右手を意思の力で捻じ伏せて、刀の柄を握る。


 助けはもう呼べない。

 知ってか知らずかは分からないが的確に救援を呼ぶ手段を潰してきた。


 雪華晶は3回目となる避けられない戦いを覚悟する。


『■■■■■■■■』


 人形の左手に文字を書き連ねて作られたようなサークルが現れて、無理やり刀の形状に押し留めたような雷で作られた刀剣が形成される。

 さながらファンタジー作品に出て来るような魔法そのものである。


「魔法少女よりもマジカルするのやめてくれないかしら!!」


 その隙に雪華晶は人形に飛び掛かり、氷の刃を振るう。


『■■』


 人形は雪華晶の攻撃を最小限の動きで躱し、カウンターのように雷の刀を振るう。


「そんな気はしてたわよ!」


 大きく身体を捻って雪華晶は人形のカウンターを避けるが、人形はそのまま雷の刀を連続で振るう。


「っ!」


 雪華晶は何度も攻撃を入れようとするが、その全てが紙一重で避けられてカウンターに繋げられてしまう。


 雪華晶の動きは完全に見切られていた。


 これは力の差では無い。

 圧倒的な技量の差である


『■■■■■■■』


 だが、反応できない速度ではない。

 魔法少女としての身体能力をフルに使って相手の攻撃を避ける。


 衣服が次々と裂けて行き、身体に赤い線とそれを塞ぐ氷に覆われていく。


「……そうよね」

『■■■■』


 バチィ!!


 雪華晶と人形の刀がぶつかりあって鍔迫り合いとなる。


「生き残るには使えそうなものは全部使ってこそよね!」


 お互い、距離を取って仕切り直す。

 今まで雪華晶が相対した敵は獣のように力任せに暴力を振るうような相手しか居なかった。

 人型で技術を使って攻めたてる相手は始めてだった。


 しかも、相手は自身と同じ刀を使う敵である。


「アンタの動き、参考になるわ」


 雪華晶は敵と似たような構えを取る。


 ……この魔法少女の身体は性能が良い。

 思い描いた動きを思い描いた通りに再現できるのだから。


 しかし、見て真似ただけではきっとただの猿真似にしかならないだろう。

 だから、雪華晶は実演して、技を受けて、言語化出来ない流派の真髄をその身に刻む。


『■■■■■■■』


 再び近づいて来る雪華晶に向けて人形は刀を持ってない方の手の平を向ける。

 前腕部に3つのサークルが現れると共に、手の平から雷で作られた弾丸が機関銃の如く放たれた。


「遠距離攻撃すんじゃないわよ!!


 雪華晶は弾丸の雨の中、ただひたすら真っすぐに進む。

 最短最速、急所だけを守って雪華晶は人形へ接近する。


『■■■■』


 一番手前のサークルが消えて、2番目のサークルが前に出る。

 放たれたるは拡散する雷撃。


「ッ!!」


 近距離の相手を吹き飛ばすその攻撃は雪華晶の刀と鞘によって薙ぎ払われる。


 3番目のサークルが後ろへ後退し、人形の身体を包み込む。


 おそらく、人形とっては3つ目のサークルこそが重要だったに違い無い。

 他2つの攻撃はこの3つ目のサークルを発動させる為の時間稼ぎだ。


『■■■■!!』


 人形の身体が黄金の雷を迸らせながら雪華晶の目の前から消える。


「消えた!?っ!!」


 雪華晶は背後から凄まじい殺気を感じて振り返る。

 そこには腰を落とし、腰にある見えない鞘に納めているかのように雷の刀を構えている。


 さながら、居合の型のようだ。


『小■■!!』


 人形の身体から激しく雷が迸り、周囲を雷の放つ青白い閃光が照らす。


『我■義!!』


 人形の無貌の顔にヒビが入る。


『その身に刻み込めぇええええ!!!』


 雷鳴が轟くような勇ましい戦士の声を上げて雪華晶に奥義を放った。


 雷光と一体化したかのような神速の踏み込みと共に抜き放たれた雷の刀。


 あとに残るは一閃の残光。


「……」


 そして、雪華晶身体は紅蓮の花となった。


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