揺らぐ日常

第4話

 とてつもなく妙な夢を見た。


 自身が魔法少女となって訳のわからない謎生物と命懸けの死闘を演じる夢を……


 朝日が差し込み、目覚まし時計より少し早く目を覚ました青年は自分の居場所を確認するように自室を見回す。


「俺の部屋だ」


 当たり前のことなのにやたらと感動が止まらない青年は洗面台に赴いて顔を洗う。

 そして、鏡に写る顔をマジマジと見詰める。

 そこにはイマイチうだつの上がらなそうな顔をした青年の顔が映し出されている。


「俺の顔だ」


 当たり前である。

 鏡に自分以外の顔が写ったらそれは心霊現象だ。


「夢……だったのか?」


 刀が握られていた筈の手を見詰めて青年は呟く。


 あの夢はあまりにもリアルだった。

 化物に殴打されて身体全身が痛むようなあの衝撃、痛む身体を無理矢理動かして突き刺した感触。

 本当にただの…夢?


「っと、マズイ!」


 青年は急いでスーツに着替えて会社へと向かった。


 そして、いつも通りの日常が始まる。

 満員電車に揺られて会社に出勤し、積み重なる仕事の山を片付ける。

 その間も青年の頭からは昨夜の夢の事が離れない。


「ん?」


 ずっと画面を見続けて目が疲れたので小休止しようと画面から目を離したときに青年は違和感に気が付いた。


 部屋の空気が悪いような気がする。

 何と言うか空気が質量を伴ってのしかかってくるとでも言うのだろうか。


 課長も心無しか黒い煙を纏って辛そうに……


「んん?」


 アレは夢の中で出会った奴じゃ無いだろうか?

 青年はそれに気が付いて立ち上がる。

 が、それとほぼ同時くらいに課長に纏わり付く黒い煙が消失してしまった。


「どうした?」


 驚いたように立ち上がった青年に課長が声を掛ける。


「あ……何でもないです。ちょっとトイレに行ってきます」


 周囲の視線から逃げるようにトイレに向かう青年。


 それと入れ違いで入ってきた一人の事務の女性が愚痴のような独り言を漏らした。


「オフィスの清掃も楽じゃないかー」


 ―――――――――――


 何かがおかしい。


 青年は漠然とした違和感を感じながら帰路についた。

 昨日と同じ時間帯の路地。


 青年は夢の中で亀裂があった筈の場所で立ち止まる。

 しかし、その場所には黒い亀裂等は存在せず、ただの薄暗い道が続いてるだけだった。


 やっぱり夢だよなぁ……


 青年はそう思いながら出そうになる欠伸を噛み殺した時にある事に気が付いた。


「……どうやって俺は帰ったんだ?」


 昨夜のここから先を歩いた記憶がすっぽりと抜け落ちている。

 その事に気が付いてしまった青年は心無しか背筋に悪寒が走り始めたので、早足で自宅まで歩いていく。


 そして、青年は何事もなくマンションの自室へ辿り着いた。


「……」


 若干拍子抜けしたようなそうでもないような。

 青年はガチャリとカギを開けて自室へと入っていく。


 部屋の中は明かりが付いており、奥からテレビの音が聞こえてくるのを聞いて消し忘れたかと反省する。

 1日くらいはどうって事は無いが、塵も積もれば山となる。

 家賃は会社の補助金のおかげで少しは安くなって入るが、安月給の青年にとっては光熱費はなるべく抑えたい所だ。


 しかし、そんな呑気な考えは消し飛んでしまう。


「やぁ、待ってたよ。夏山影人くん」


 テーブルの上に浮かぶ夢の中の存在であった筈の黒毛玉。

 青年こと夏山影人はその存在に驚愕の表情浮かべる……筈だった。


「……俺のポテチ食うなよ」


 代わりに出たのは呆れたような声。

 黒毛玉が口周りをポテチの油でギトギトにしていた為にすっかり緊張感が薄れてしまった。


 そして、影人は昨夜の夢は現実だったと言う事を認識した。


「夕方から待ってたんだけど、全然帰って来ないから暇で暇でしょうがなかったんだよ。やっぱ、ポテチは美味しいよね。……ま、聞きたいことが色々あるかもしれないけど、とりあえずボクから説明させてもらうよ」


 影人のジト目で見られた黒毛玉は急いで説明をさせる。


「本当なら契約する前に話して置くべきだったんだけどね」


 黒毛玉の語るところによるとこの世界には科学では対抗できない理外の存在がいる。

 それらはハザマと呼ばれる空間に潜み、現実世界に害をなす。

 その害から世界を守るのが魔法少女の役目らしい。


「キミ達魔法少女が倒さなくてはならない存在は3つ」


 生命の灯火が落とす影『シャドウ』

 ……『ノーフェイス』

 異界からの侵略者『インベーダー』


「その3つはそれぞれ別勢力なのか?」

「そうだよ。昨夜、キミはその内2つの存在と出会った。シャドウとインベーダーだ」


 シャドウは先日影人が出会った黒い煙のような存在。

 シャドウは生命の灯火が落とす影と言う言葉に偽りはなく、この世のありとあらゆる生命から生まれる可能性がある存在のようだ。


 魔法少女として相対する主な敵はシャドウになる。


 シャドウは放置すると現実世界に様々な悪影響をもたらす。


「地域の治安が悪化したり、会社の株価が下がったりするんだ。簡単に言うとシャドウが集まると悪い流れが生まれる。そして、強力なシャドウは現実世界に直接的な影響をもたらす。キミ達はそれを怪奇現象なんて呼んでるけどね」

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