最期の三分間
木下たま
お題「最後の3分間」
命があと三分だと知ったら、そのとき私はどうなるのだろうかと考えてみた。しまった、話が飛びすぎた。
まず、その前にシチュエーションを考えなければならない。
例えば、こんな風に。
* *
――――あれは誕生日だった。
バースデーケーキに立てた五本のロウソクを吹き消して、父と母からの拍手を浴びた直後だ。ふたりは突然、浮かれた誕生日の雰囲気に似つかわしくない険しい表情で私に言い聞かせた。
――この世界を作ったのは神様で、それゆえ神様はすべての権限を持っているんだ。
「?」
そこから長い長い説明が始まったけれど、子供だった私は首を捻りながら流れていく言葉を追いかけることなく、ただただ父と母の表情を見ていた。
――世界を整えるために、定期的に人間や動物の数を削除することもそのひとつだよ。
「えっ、サクジョってなに?」
そこで私は初めて両親に質問した。
「削除」という言葉がなぜ引っかかったのかというと、その数日前、庭にイノシシが入ってきて大騒ぎになった。母は「たいへん! 駆除しなくちゃ」と言った。ネットで方法を調べ、駆除会社の人たちを呼んだ。庭に仕掛けが出来上がった。そのときに大人たちが発した駆除の「除」という響きが、目の前の父が発した「削除」の「除」と同じ響きだったのだ。眉間を寄せて唇を縦に突き出す表情も。
父は悲しそうに微笑んで、言った。
「その時が来たら、人間ひとりひとりに埋め込まれている特殊なブザーが体の中から鳴る。鳴ったら、そこから三分後にこの世から削除される」
「その音はどういう音なの?」
「それは誰にも分らないよ。分からないけど鳴ればすぐに、ああ、これが神様からのお報せか、と分かるから心配はいらないよ」
それから父は、あらゆる説明を正しくしてくれたのだろう。……なにひとつ覚えていないけれど。
ただ、多くの人間が、ブザー音を聞かないまま寿命を全うする、という言葉には反応した。――なあんだ。じゃあ、私は大丈夫だ。
私は根拠なく安堵し、その話は記憶の片隅に追いやった。
時は流れ、十五才を迎えた年、今度は学校であの日と同じ話を先生から聞かされることになる。五才の誕生日に聞かされてそれっきりだった話に、クラスメイトたちは様々な反応をした。忘れている者、しっかりと覚えていて真摯に受け止めている者、中には両親のどちらかに読んでもらった童話だと勘違いしている者もいてカオス状態だ。けれど先生は至って真剣で、親が行う五才の儀式同様に、教師が行う十五歳の儀式を進めていくのだ。
そこで私は、より具体的な話を聞くことになる。たとえば、削除された場合、残された人間の記憶には一切残らないため、誰かが哀しむことはないということ。削除された人間がどこへ行くのかそれは人間には知る由もないことなどなど。
私は、私たちは、いつのまにか黙って先生の説明を聞いていた――――
* *
みたいな前振りがあって、
『最期の三分間』は成立するような気がする。
もちろん隕石が接近してきての『最期の三分間』とか、核戦争が起きての『最期の三分間』といったシチュエーションでも問題はないけれど、あまりリアルだと怖い。なので私はありえない想定で考えることにした。
改めて思う。
想像の中に『神様の意志』を加えるのはとても便利である。なぜなら、なんだかわからないけどあきらめがつく気がするからだ。
うん、やらない手はない。
そうして私は、――なるほど、神様がそうするならしょうがない――と受け入れて、でも、――まあたぶん私じゃない気がする――と楽観する。
だが現実とは厳しい……。
なにげないある日のこと、部屋で寛いでいると私の体の中から「削除決定のブザー」が鳴る!
ああ、この音か! 確かに、この音は人に説明するのが難しい……。というか説明している時間が惜しい。なんせ私に残された時間は三分なのだから!
私は大急ぎで、着替える。メイクをしてなかったらソッコーでする。それから防災訓練と同じレベルで用意していた『削除専用バッグ』を肩に掛ける。中に入っているものはきっとこの世の思い出だ。そして最後にMP3プレーヤーを手に取る。(残り時間は三分しかないので4GBで十分)イヤホンを耳に、準備完了。最期はこの曲とともに行こう、と決めていた曲を流す。
三分しかなかったら、私は最期に音楽を聴く。
せめて残り時間を1日にしてくれたら、大好きなラーメンやパンを食べに行くんだろう。温泉につかりにいくんだろう。でも三分と決められているから仕方がない。家族や友人や、もしそのときに恋人がいたなら、お別れに感謝の手紙を残していきたいところだけれど、それにも意味がないので自分自身にだけ集中する。
さて、すべてを整えたら、いよいよ削除までのカウントダウンだ。
私はまったりと音楽を聴く。
――――なんてことはきっと、ない。
私は泣き叫ぶのかもしれない。
削除されたくない、と発狂するかもしれない。
まだやりたいことがあったのに! と『神様』がいるだろう空間に恨み言をぶちまけるかもしれない。
でも、そんなの恥ずかしくないんだ。
この世に大切な人がいる限り、達観して最期の三分間を味わうなんて、誰にもできないに違いないんだから。
最期の三分間 木下たま @773tama
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