三分後に病で死ぬ恋人と最期の時を過ごす合間にカップラーメンを買いに行ったら怪獣との戦いに巻き込まれ成り行きで光の巨人に変身するも勝負には敗北、なんやかんやで地球が滅ぶけど転生した先で恋人と結ばれる話。
小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ
っていうのはどうかな?
「何その、闇鍋の出汁から作った煮こごりみたいな話」
「綾ちゃんったらヒドい! 私は面白いと思ってるんだけど!」
恵梨香、今の本気で言ってるのかな。……たぶん、本気だろうな。でも残念ながら、この場合の「面白い」は「バカバカしすぎて面白い」という意味だ。「物語として面白い」ってわけじゃない。恵梨香も前途多難そうだ。
けれど、小説を読むだけだった恵梨香が「私も書き始めたんだよ!」と言い出した時は正直、すごく嬉しかった。その方面に一日の長がある私としても、応援は惜しまない。
ただ、甘い顔をするつもりは無いけどね。
今日は四時限目の授業が自習になったので、みんな好き勝手に喋り散らかしている。なので私と恵梨香も机を挟んで向かい合い、創作談義を行っているというわけだ。
「ところで恵梨香。さっきの話だけど、恋人は病で死ぬの? 地球が滅びて死ぬの?」
「さあ? 特に考えてなかった! あ、このカレーパン美味しい!」
仮にも授業中と言うのに、恵梨香はもしゃもしゃとパンを食べ始めていた。いつの間にか、机の上にはメロンパンも置かれている。
「いい? 恋人との最期の逢瀬も地球の滅亡の危機も、物語のネタとしては美味しいに違いないわ。けどね、そう何でもかんでも入れ込めばいいってもんじゃないの」
「美味しいものと美味しいものをミックスしたら、超美味しいものが完成するんじゃないの?」
「その言葉、手元のカレーパンとメロンパンを同時に食べたあとも同じことが言える?」
「う……」
よほどの手腕が無い限り、大ネタは一つに止めておくべきだ。私も書き始めの頃はどれが面白くてどれがそうでないかが分からなかった覚えがあるから、恵梨香の気持ちもよく分かるんだけど。
「あーあ、このアイディアはボツかあ。せっかく他の作品も読んで研究したのになあ。人気のありそうな題材をもれなくパクって話を作ったら、ものすごい大傑作が爆誕すると思ってたんだけど」
「そう簡単に傑作が生まれたら苦労しないわよ。丸パクリは駄目だけど、でも研究しようっていう姿勢は大事。恵梨香も、ちゃんとカクヨムの作品を読んでるのね」
現在、WEB小説サイトのカクヨムでは短編のコンクールを行っている。およそ2日おきに出されるお題に沿った作品を書く、というものだ。今回で六回目となっており、今のお題は「最後の3分間」。ちなみに私は不参加だ。WEB小説サイトで作品を読むのはいいけれど、自作を公開するのはどこか抵抗感があった。恵梨香の手前、私も数本だけは小説をアップしているけれど、大したリアクションも帰ってこなかった。きっと私には、昔ながらの「納得のいく長編が書けたら新人賞に応募する」という方法が一番、向いているのだろう。
「前回は『ルール』がお題だったけど、恵梨香もまさか『ルール川でルールブックを落としたルールさんの小話』を書いてくるとは思わなかったわ」
「へっへー! こんなの書く人、世界中探しても私だけでしょ!」
鼻を高くする恵梨香。けれど正直、あれは初心者にありがちな独りよがり極まる作品だった。
「恵梨香、奇抜なだけで終わってちゃ駄目よ。もっといろいろ考えないと」
「えー? タイトルとか? 前にも綾ちゃんから『タイトルの付け方が悪い』って言われたから、今流行りの長文タイトルにしようと思ってるんだけど」
「長文タイトル系も、一目で作品の内容が把握できるっていうメリットがあるから止めはしないわ」
「そう? じゃあ、いっそのことめちゃくちゃ長くしよう! 作品の説明文にも文字をいっぱいに詰め込んだら目立つでしょ!」
「いやいや、悪目立ちするだけよ。恥ずかしいから止めなさい」
そんなバカな真似をして人目を引いても虚しいだけだ。分相応と言うように、ここは素直に、適切なタイトルと簡潔な説明文だけを書いてもらいたい。
「そもそもね、恵梨香。タイトルとか説明文とか、そういうのはあくまで「
恵梨香は「うー、分かりましたよお」と不服そうに言った。
「今更だけど、恵梨香はなんで小説を書こうと思い立ったの?」
「このコンクール、皆勤賞を達成したらもれなく五百円がもらえるから!」
「現金ね……」
恵梨香の場合、五百円もらったところでガチャ引いて溶けるだけなんじゃないかと思うんだけど。
「でも理由はなんであれ、こうやって二人で小説の書き方について語り合える日が来たのは嬉しいわ」
「私、最初は短編小説なんて『ぺぺいっ!』と一時間くらいで書けると思ってたんだけど、なかなかそうはいかないんだね」
「奥が深いのよ、小説を書くっていうのは。それじゃ、次は恵梨香の作品についてもうちょっと掘り下げて語ろうかしら」
「うっ、これはダメ出しタイムかなぁ?」と身構える恵梨香。
「過去の五作品、ぜんぶ見せてもらったけど、うん……。少なくとも日本語には問題がないし、語彙も豊富。さすがは読書好きなだけあるわね」
「そう!? いやあ、もっと褒めて褒めて!」
「でもねえ。なんか全体的にふわふわしてるのよ。ふわふわしたまま始まって、ふわふわしたまま終わってるって言うのかな。一本筋が通ってない、頼りない作品になっちゃってる」
「うっ、それはある……かも」
「そもそも、いきあたりばったりで話を考えてない?」
「うん! 一行先の展開なんて、書いてる私にも分かんないよ!」
「そこまでいくと逆に凄いわね……」
プロットを用意せずに長編を書いちゃう人もいるみたいだけど、もしかして恵梨香もそういう才能の片鱗があったりするのだろうか?
「でもせめて、オチくらいは最初に決めてから書きなさいよ。原稿用紙十枚程度の短編なんだから、オチから逆算して書いたほうがやりやすくない?」
「オチ、かあ。難しいなあ。取っ掛かりのアイディアならすぐに思い浮かぶんだけど」
「恵梨香の話にしたって、いっつもオチがないしねえ」
恵梨香の喋る内容には脈絡がない。そして思いついたら思いついたまま話し始める。まるでオバちゃん同士が交わす世間話のようだ。いや、町の井戸端会議だって、もう少しくらいは起伏とオチがあるだろう。
「オチの重要性を学ぶとしたら、星新一の短編集とかを」「でもね、綾ちゃん」
恵梨香が、じっと私の目を見据えて言う。急なことで驚いてしまった。
「な、何かしら?」
「オチとか展開とか、そんなのは考えながら書いたほうが楽しいよ? 小説ってさ、楽しく書くのが一番じゃないの?」
その何気ない一言が、私の胸に刺さった。
こうして偉そうなことばかり言っている自分も。かつては彼女と同じ初心者だったんだ。創作の「落とし穴」に何度も何度もハマっては、その都度這い上がってきた。
それが出来たのは「小説を書く」という行為そのものが、たまらなく楽しかったからだ。
「綾ちゃんは、どうやって楽しく小説を書いているの?」
恵梨香が追い打ちをかけるように問うてきた。言葉が見つからなくて、私は言いよどんでしまう。
私が……あの「小説を書く興奮」を最後に感じたのは、いつだっただろう? ここ最近は、ずっと惰性だけで書いてきた気がする。
『私は、小説を書いていても、楽しくなんかない』と。
そんな後ろ向きな言葉を吐こうとしてしまった、そのとき。
「でも綾ちゃんは凄いよね。書いた小説、どれもぜんぶ面白いんだもん。先週読んだ長編小説なんか、オチで思わず『ええっ!?』って声をあげちゃったし!」
その言葉を受けた瞬間。懐かしい感覚と出会った。
自分の書いたものを「面白かったよ」と言われたときの、たまらない肯定感。これがあったから、惰性で書き続ける日々を過ごせたといってもいい。
恵梨香が褒めてくれた小説も、実際は新人賞では一次落ちの作品だ。それでも、見知った誰かが評価してくれるというのは……何者にも変えがたい、快感だった。
「ありがとうね、恵梨香」
「え? ああ、うん! よく分かんないけどどういたしまして!」
恵梨香が居てくれたおかげで、私は書き続けられたのだから。それを、もっと感謝しないとね。
「あ、そうだ。さっき言ってた星新一って、どこのレーベルのラノベ作家?」
「いや、ラノベ作家さんではないから……」
下手するとラノベよりも読みやすいけど、星新一作品。
「そろそろ四限目も終わるね。綾ちゃん、昼休みになったら二人で図書室行こ!」
「いいけど、今回のお題に合ったネタ、ちゃんと思いついた?」
「いや、まだ。難しいなあ」
「でもまだ時間はあるでしょ。家に帰ってからでも遅くないわよ。締め切りって確か正午でしょ? 今日はじっくり考えて、寝る前に書き上げてしまえば」
「あれ?」
「どうしたの恵梨香」
「今日って、22日だっけ?」
「そうよ。22日の金曜日」
「………締め切りって、今日だった」
現在時刻は11時57分。
「恵梨香! 最後の三分、スマホに向かって死ぬ気で書けば間に合うかもしれないわよ!」
「こんなオチいらないよおおお!」
こうして、恵梨香の
三分後に病で死ぬ恋人と最期の時を過ごす合間にカップラーメンを買いに行ったら怪獣との戦いに巻き込まれ成り行きで光の巨人に変身するも勝負には敗北、なんやかんやで地球が滅ぶけど転生した先で恋人と結ばれる話。 小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ @F-B
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