第7話~私の同人事情~
「あぁ、あぁ、あぁ」
「ねぇ、さっきからそのうめき声がうざいんだけど、雪」
食堂のテーブルに顔をつけて、落ち込んでため息を吐く私に、友達の萌佳は辛辣な言葉を投げかけてくる。
「萌佳、言葉がきついんだけど。私の気持ちを考えてくれる」
「あって早々、あぁあぁあぁばっかり言われたら誰でもうざくなるわ」
「萌佳の意地悪」
「当然のことだ」
私はこんなにも落ち込みをアピールするためにしているのにこの態度。いったいなんて奴だと思ってしまう。
「んで、なんかあったの?」
「うえ~~ん、聞いてくれるんだね、萌佳!!」
前言撤回。やっぱり困っていると相談に乗ってくれる数少ない友である。顔をあげると、少しばかりあきれ果てている萌佳の表情が見える。
「実は、私のお嬢様の事なんだけど」
「首になった?」
「なってません。仮になったとしても、私はお嬢様から離れませんから、永遠に」
「なんでいきなりストーカー発言するの? きもいんだけど」
「ひどい!!」
相談に乗ってくれると思ったら、なんだよこの女は。人を馬鹿にして。という心の声をそっとしまっておく。
「聞こえてるけどな。雪の方が数十倍馬鹿だから、心配しないでいいよ」
「うるさいな。こっちは真剣なの!! 相談したいことは、お嬢様と、私のコスプレの話」
「コスプレの話? どういうこと?」
「萌佳の同人サークルの話の事よ」
「私のサークルのこと? いったいそれが、お嬢様とどういう関係があるのよ?」
萌佳は全く話の趣旨を理解できていないらしい。まぁ最も私もあの事実を知るまではお嬢様とコスプレというワードだけを意味が分からないが。
「実はね、最近というか結構前からなんだけど、お嬢様があまり居間でご飯を食べずに、自分の部屋で食事を済ますことが多いの」
「はぁ」
「それで、よくお嬢様のお食事を作って運ぶんだけど。そこでお嬢様の机にあるレイヤーさんの写真があったんだ」
「レイヤーさん? あんたのとこのお嬢さんってそういうの趣味だったっけ?」
「私のお嬢様は色々と趣味が豊富だからね。色々と手を出してるのよ。で、私はいつかアニメ業界の方にも手を出してくるとは思ってたの。でも、でも、それについてはすっごい不安なことがあってなるべくアニメには手を出してほしくなかったんだけど」
アニメに手を出してほしくないという言葉に話を聞いていた萌佳は怪訝そうな顔をこちらに見せてくる。
「なんで? アニメ仲間が増えることが喜ばしいことじゃん。お嬢様が同じ趣味の領域に来たら、話題が増えるし、距離が詰められるし」
確かにそうだ。普段の私ならお嬢様と同じ趣味の事を話せるならそれはすごく喜ばしいことだ。だが萌佳がいうその当たり前のことが余計と私の心を痛めつける。
「これ!!」
「うん? なにこれ」
私はお嬢様の机にあった写真立てごと携帯のカメラで取った画像を見せつける。それを見せた瞬間、萌佳の表情が変わった。
「これって、あんた? この前やったユリキュアの『東由佳(ひがしゆか)』ちゃんのコスプレ。え、えぇ。あのどういうこと? え、お嬢様はあなたのファンなの? 毛嫌いしてるのに?」
「話はもっと深刻なの! 実はその話をお嬢様にそれとなく聞いてみたんだけど」
「だけど?」
「お嬢様、レイヤー姿の私と今の私を別人と思ってるみたいなの!!」
「はえ、……?」
萌佳は今までにないほど、怪訝な表情を見せていた。
「え、ちょっと待って? あんたのとこのお嬢様は、あんたのことが好きなの?」
「違う。私は私なんだけど、レイヤー姿の私が別人と思って好きになってるみたいなの。というかなんでそもそも私のコスプレ写真を手に入れられたかは不明なんだけど」
自分で説明していて意味が分からなくなる。でも実際に本当の事なのだ。しかし、そうやって伝えるしかない。
「なるほどね。それはそれは、厄介なことに。 で、それで私にどうしろと?」
「どうしろって?」
「お嬢様があなたと別人と思って好意を抱いたとしても私は別段問題ないと思うけど」
「大ありよ。知ってる? 私はね、好きでコスプレしてるんじゃないの!! めっちゃ恥ずかしいんだからね!! そんなのお嬢様にばれたら、もうお嬢様のお嫁に行けない!!」
私は両手で顔を覆って、赤くなった顔を思わず隠してしまう。
「なんかあんたの言葉のどこに突っ込んでいいか分からないけど。それでどうしたいのさあんたは」
「次の、コミックスマーケットの売り子を放棄」
それを言いかけた瞬間、萌佳の目つきが殺意に満ち溢れた。そして刹那私の口を思い切り掴んできた。
「それはなし。いいわね!」
にっこりと瞳の奥が全然笑ってない笑顔を見せつけられて、私は恐怖を覚えた。そして今言おうとした言葉を撤回するほかなかった。
「はい……」
「わかればよろしい。ウチも余裕がないのでね。改めて売り子を雇う予算なんてないのさ。雪は中身は残念過ぎるくらい残念だけど外見だけは一級品なんだから、いるだけでウチに人が入る入る」
「それって褒めてるの? 貶してるの?」
「もちろん、褒めてるわよ。あんたには授業の代わりとか、やばいのだったら身代わりテストもしてやってるんだからそれくらいの借りは返してもらいますから。夏のコミックスマーケットで」
「はい」
実際に萌佳が言っていることは事実である。なので言い返せないし、従うしかない。羞恥心に耐えながら。
「あ、あとそれから夏のコミックスマーケットに知り合いの子が来るから」
「知り合いの子?」
「うん、よく近くのアニメショップに会う中学生の子なんだけどね。服のセンスとかが似てる子で、名前を聞いたら一個違いだって知って余計と仲良くなっちゃって、その子が友達とサークルに来るの」
「え? 一文字違い? ねぇ、そこ知り合いの名前って『萩原萌(はぎわらもえ)』って言わない?」
「えぇ? なんで知ってるの?」
その瞬間、私はピンときた。そうか、そうだったのか。こいつのせいでお嬢様はこのサークルの私のコスプレ写真を手に入れたのだ。私はお返しとばかりに今度は萌佳の肩を掴む。
「萌佳!! あなたのせいじゃない!! その子、お嬢様の学友よ。だからお嬢様はあの写真を」
「そんなの分かるわけないじゃない。偶然よ偶然」
「うぅ、もう誰も信じられない。唯一の友人が、まさかの事件の火種だったなんて、うぅどうしたらいいのさ」
最終的に私はまたうなだれて、顔をテーブルに張り付かせて、最初の状態へと戻る。
「どうするのよ。絶対連れてくる友達はお嬢様じゃない。今は写真だから何とかなってるけど絶対ばれるし、羞恥心で死にそうだし」
「あんたがいつもお嬢様に行ってる異常行動とそのコスプレの羞恥心との区分がいまいちわからないけど、とりあえず配慮するわ」
「配慮?」
「確かに偶然とはいえあたしが発端だしね。そう配慮はするわ。とりあえず、その子たちが来る時間に合わせて、あなたは外回りとか行ってくれればいいわ。お嬢様はコスプレ姿のあなたに会いたがっていたけどしょうがない」
「売り子を辞退」
「それはだめ!!!」
「はい……」
「とにかく、当日のスケジュールはそれでいくから。いいわね」
「はい……」
結局、相談したけど意味があったのかどうか。しかしながら友達だが、借りを作りまくってサークルの奴隷とかしていた私にはする出来ずに話が進み、変わらず萌佳のサークルのコスプレイヤーとして働かされるのであった。
★★★★★★★★
赤百合女学院でのとある昼休みの会話
「はぁ、楽しみだな。リアル東由佳(ひがしゆか)に会える。楽しみだなぁ」
「ふふ、未祐は本当にその人大好きだよね」
「だってきれいだし、クールな感じで男前だし、あ、でも今の私ちょっと気持ち悪いかも……。冷静に……」
「でもさ、この人ってちょっとの未祐のメイドさんに雰囲気似てない?」
「はぁ? 似てるわけないでしょ。あんな堅物と一緒にしないで。感情なしのロボットくせに毎度のごとく私にかまってくるし。この人とは大違い。そういえばこの人の名前ってなんていうんだっけ? 本名知らないし」
「う~ん、聞きそびれちゃったなぁ。まぁどうせ当日に聞けるよ」
「そっか。あと心配なのがコミックスマーケットってすごい混むんでしょ。知り合いのサークルさんって結構人気で係の出入りも激しいんでしょ? この人にうまく会えるといいけど」
「ふふふ。そこは萩原萌(はぎわらもえ)ちゃんにまかせなさい。今回はパパが全面協力してくれて、家のお付きさんと共に、そのレイヤーさんを見張るから、ある程度は心配はいらないわ」
「なら良かった。それならそのレイヤーさんとは絶対に会えるわね!! ますます燃えてきた!!!」
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