第2話~私のメイドさん②~

「三角形の合同条件は三つです。『3辺がそれぞれ等しい』『2辺とその間の角がそれぞれ等しい』『1辺とその両端の角がそれぞれ等しい』。このいずれかを満たすとき始めて合同の証明がなされます」




 眼鏡をかけてきりっとした視線を送りながら、教壇に立つ女性は周りの皆に話しかけていた。




 私は今、通っている学校で数学の授業を受けている。




 通っている学校の名前は「赤百合女学院」という私学のお嬢様学校。全国的にはそこまで有名ではないかもしれないが、ここに通う生徒の親は一流企業と呼ばれる所の重役や政治役員などの人がほとんどである。




 そういう権力を持つ人はさらにその力を強固にしたいみたいで、お嬢様学校という一つの繋がりを利用して互いのコネを作りあげている。むしろこの学校はその目的で作られている。




 はっきり言ってその概要だけを聞くとイメージではあるが、内情がかなりドロドロしてそうに感じる。実際、会社の跡継ぎになる子もクラスにはいるし、生徒会などの学校内の権力が高い役員も基本、その親の中でもかなりの地位を持っている人が優先される。




 そんなものだから初め、この学校に入る前はかなり嫌悪していた。やたらとマナーを厳しく言ってくる人がいたり、親の七光りみたいな人がいたり、「~~ですわ」とはいう典型的お嬢様キャラがいると思っていた。




 だが実際の所、そんなのは空想の産物に過ぎなかった。




 それは周りの生徒たちの態度を見れば一目瞭然であった。




「ぐぅぅ~~ぐぅぅ~~」




「う~ん、化粧ノリがいまいち悪いなぁ」




「こら、そこ寝ない!! そこも授業中にメイクしないの」




「先生ちょっと質問が!!」




「あぁ、ちょっと待ってね」




 寝てる生徒、携帯を触る生徒、真面目に質問までしてノートを必死に取る生徒、堂々と化粧をする生徒、色々いる。数学の授業だけあって基本的にクラスの大半はうなだれている。




 そう。あんまり変わらないのである。お嬢様学校というだけで、ドラマやアニメのイメージが強かったけど普通の学校と変わらないのだ。皆が数学嫌いな所とかね。ちなみに私は好きだけど。




~キーンコーンカーンコーン~




 授業時間の終了のチャイムが鳴った。周りから一斉に喜びの声が響いていた。




「こら、はしゃがないの。いぃ、今日やったページの後ろにある問題演習を宿題にしますからやってくること」




「えぇ~~」「そんな~~」




 しかし先生の一言でクラスはブーイングの嵐である。だがそんなことは日常茶飯事、先生は軽くため息をつくと「静かに」と答えて、そのまま持っていた教材を整えて部屋から出ていった。










「はぁ、未祐。ようやく終わったねぇ。疲れたよぉ」




「全く、萌もえはいつもそうねぇ。だらけきっちゃって、こんなくらいどうということないじゃない」




「出たよ、未祐のその余裕面。優等生さんは私たち庶民と違ってこんな授業は朝飯前ですからねぇ。ふんだ」




「庶民って、あんたもわたしも、いやこの学校の生徒はみんなお嬢様でしょ」




 授業が終わって前の席から体を振り返り、話しかけてくるのは親友の萩原萌はぎわらもえである。1年の時になにかの学級委員の仕事で知り合った。それ以降、よく話すようになった。




「そうは言っても、学校全体でお嬢様お嬢様してる人なんてほとんどいないよ」




「まぁ、確かにあんたの姿を見てお嬢様という人はそうそういないでしょうね」




「はいはい、自覚はありますよ」




 彼女は明らかに見た目からしてお嬢様から一番遠い存在だろう。なんたって外見は完全なギャルなのだ。髪を頭の後ろで束ねたアップにしており、色はかなり明るい茶髪。私と違って完全に染めている。恰好も制服を着崩して、スカートも短くしている。メイクももちろんしているが、特にアイラインやまつ毛は結構こだわっている。




「でも外見はギャルでも中身は女の子だからねぇ、いっつもくまさんのぬいぐるみを抱いて寝てるんでしょ」




「だまらっしゃい。いいでしょ別にそんなことは。『くまのすけ』は小さい頃にパパからもらった友達なの。あれがないと熟睡出来ないの。ぷう」




 そうなのだ。この子は見た目がギャルというだけで、中身は小さな女の子そのもの。高校にもなると、妙に大人びてしまって、皮肉屋になってしまう。身体も成熟してくる頃だし、心身ともに複雑になる年ごろである。




 私ほどまではひねくれてはいないと思うけど、基本的にみんなそうなってきてしまうものだ。




 のにかかわらずだ。この純粋さはどこから来るのだろうか。いまだにサンタさんを信じるし。この子と話していると純粋じゃなくなった心が癒される気がする。




「全く可愛すぎでしょあんた。私が男だったら、間違いなく告ってると」




「はぁ!? ちょ、ちょ、ちょっといきなり何を言ってるの!!??」




 不意にそんなことを言ったら、彼女は頬を赤くして慌てふためく。その姿はやはりとてもかわいくて、からかいがいがある。




「ふふふ、慌てる姿もかわいいわね、本当に。その見た目から想像できないし」




「もう、いいでしょ、私のことは。それより早くご飯食べよう。もう昼ご飯の時間だよ」




「そうだったわね。食べましょうか……」




 流石にからかいすぎるのはよくない。それに先ほどの予鈴で4時間目の授業が終わり、お昼休みの時間になっていた。勉強で頭を使い、お腹もすいてきている頃合いである。空腹には勝てない物である。




 萌は上機嫌になりながらリュックサックからお弁当を取り出す。取り出したのはこれまたかわいい、デフォルメされたウサギがかかれたピンクのお弁当箱である。




 蓋を開けた中身は、ほうれん草と出し巻きといったありふれたものに、お米にしゃけのふりかけとのりをつけて絵をかいたものが出てきた。




 お嬢様だからといって極端に高級なものを食べるわけでもない。こんな感じの平凡なお弁当を持ってきている人もいれば、普通に学食を食べる人もいる。ちょっと贅沢するなら出前を取るくらいだろうか。




 しかし萌の弁当はなかなか凝っているいつもはシンプルに食材だけが入っており、こんな感じではないのだが。少し感心する。




「へぇ、すごいじゃない。それお母さんに作ってもらったの?」




「違うよ。ママが私にお弁当を作り時間なんてなかなかないよ。ママは社長さんだし、仕事で手一杯。これはお手伝いさんに手伝ってもらったの」




「あぁ、そう。そうよね」




 『お手伝い』。その言葉を聞いた瞬間、私は心の中で落胆する。そして彼女もまた私と少なからず同じ環境なんだと再確認した。




 萌の両親も私の親と同じようにビジネスバリバリの人たちみたいで、娘にはあまりかかわりが持ててないらしい。彼女が言った通り母親はある大企業の女社長さんで、そんな立場の人が娘のためのお弁当をわざわざここまで凝って作る時間はないだろう。




 別にお金持ちの家族のすべてが忙しい人だらけというわけではない。クラスメートの何人かも結構な頻度で平日に家族旅行に行ったりしているし、私たちのような人たちもいるというだけ。




 私が萌と一緒にいるのは、こういう共通点があるからかもしれない。




「まぁ、いいや。私も食べよう」




 四の五の、今の環境を卑下していても仕方がない。萌のお弁当を見ていたらお腹の虫が小さくなった。




「あ、未祐のお腹がぐぅぅ~~って言った。かっわいい~~」




「うっさい」




 萌にからかわれるも、とりあえず軽く受け流す。そしてお弁当を取り出すために自分のカバンを探った。しかしいくら中身を探してもお弁当箱が見つかることはなかった。少し焦って、何度もカバンの中身を手で広げてくまなく見渡すも、やはりお弁当箱がなかった。




 そして確信する。




「はぁ、お弁当忘れちゃったし」




 私は頭を抱えて絶望の表情を浮かべてげんなりとしてしまう。




 ただ別にお弁当が食べられなくてショックを受けているわけではない。




「あぁ、それは災難だね。じゃあもしかしてあの人がもうすぐ来るんじゃないの?」




「絶対ね。はぁ学校まで顔も合わせたくないのに」




 私がため息をついた瞬間、教室の勢いよくガラッと扉が開いた。




「げ!?」








 私の予想は的中。ていうかいつもの事なので、わかるのではあるが。




 そこには私のメイドの『柊雪ひいらぎゆき』が立っていた。




 いつものことではあるのだが、彼女の美貌はやはりすごいらしく、周りからはどよめきの声が上がる。高身長のモデル体型の黒髪美人は女でももてる。むしろ女子校なので、結構そっち系の子たちもいるものだ。見渡すと、頬を赤らめる子も見える。




 流石に服装は白のシャツとGパンという普通の私服のようだ。見るからに安物のように思えるのだが、彼女のプロポーションがすごくてまるで違和感が感じられない。




 しかしながらそんな彼女は顔色一つ変えずに、私に迫ってくる。そしてその不愛想な顔で口を開く。




「お嬢様、お弁当を忘れていかれましたのでお届けに参りました」




「あっそ」




 私はそのまま彼女が伸ばした手に持つお弁当を受け取る。ただ、礼なんかは言ってやらない。そのまま私は机にお弁当を置き、あからさまに彼女から姿勢と視線をそらした。




「未祐。届けてくれたんだから、ありがとうくらいは言わないとだめだよ」




「別に、持ってきてねなんて頼んでないし」




 私の対応に対して、萌は軽く注意してきたが私は平然と受け流す。親切されてもこのメイドにはお礼の気持ちがどうもわかない。ずっともやもやとするだけだ。




 しかもこの会話もいつもの事で、辛烈な言葉を投げかけてもまるで反応がないのがさらに不気味だ。




「もう、強情だね。ね、雪さんは何とも思わないの?」




「いえ、萩原様。私はなにか報酬が欲しくてやっているわけではありません。北条院未祐様のお付きとして当然のことをしているまでです」




 私の辛口対応に心配した萌の質問にもこれだ。本当にイライラする。私は顔をこわばらせて、にらみつけるように彼女を見て、言葉を投げかけた。




「あんた、本当に何なの!? まるで自分がないし、感情が希薄すぎるわ」




「そうでしょうか?」




「そうよ。だいたい、あんた大学生でしょ。授業はどうしたのよ」




「授業は出席を取ってから抜けさせて頂いています。大学は高校よりも少し緩い所もあるので」




「あんた、苦学生って聞いたのに余裕ねぇ。そんなに自身があるのかしら?」




「私の生活も大事ですが、お嬢様がお腹を空かせてしまっている姿を思い浮かべると心配になってしまって」




「どうでもいいわよ。心配なんて余計なお世話」




 口では私のためと言っているが、その無骨な表情がいくら経っても変わらないので気持ちが伝わってこない。どうせ、親に気に入られようとしているだけであろう。




 むしろ、私はきつい言葉を浴びせるたびに、少しうつむいて吐息を荒くして顔を赤らめている。おそらく、嘘をついているのがばれたと思って動揺しているんだろう。




「ここはいいからとっとと帰りなさいよ!!」




「了解しました。では、午後の授業も頑張ってください」




「ふん」




  柊雪はそのまま軽くお辞儀するとそのまま教室の扉へと向かっていく。最後には丁寧に「失礼しました」と私やクラスメートに声をかけてから教室を後にしたのであった。




「ったく。楽しい昼食の時間が台無しよ」




 そう言って私はお弁当箱を開き、ご飯を食べ始める。そしておかずを掴み、お箸を口に当てようとしたとき、ふとこちらを見る萌の視線が目に入った。




 萌はなぜか私を呆れたような顔で見ていた。




「なに? 私のあの人への対応がそんなに見苦しかった? それはごめんなさいね」




「い、いやそうじゃなくて」




「じゃあなに?」




「いや、そのぉ………」




 萌は私の言葉に詰まった後に、なぜか頭を抱えて大きくため息をついた。どういうことなのだろうか意味が分からない。




「なんなのよ」




「未祐ってなんでもそつなくこなす優等生なのに、とことん鈍感なんだなぁと。毎回毎回学校で何回も同じことしてるのにさ」




「へぇ? どういうこと?」




「まぁ、あのメイドさんも感情表現下手すぎるけどねぇ。ちょっとMっ気もあったし」




「なにをわけのわからないことを」








 さっきから萌が全くよくわからないことを言っている。優しい子だけど、ちょっと天然なのが玉に瑕かもしれない。とはいえあいつは去った。




 家に帰るまではまた平凡で楽しい学校生活が遅れそうだ。




 そういつも通りに思いながら、1日の授業が終わっていくのであった。

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