お嬢様とメイド

フィオネ

第1話~私のメイドさん①~

5月下旬


「お嬢様、今日の朝食です」


 手慣れた手つきで、私の座っているテーブルの場所に朝ご飯の数々が運ばれてきた。私に向かって声を出し、そして淡々と料理の皿を置いていく。


 私の元に運んでくる人物は女性。腰にまで伸びたきれいな黒髪をなびかせ、端正な顔立ちである。背も一般の女性と比べてとても高い。175cmほどあるのではないか。身体の体型も女である私が見ても見惚れるほどである。モデルをしていてもおかしくない。


 だが彼女の服装はモデルさんが着ている今どき流行りの服ではメイド服だった。


「お嬢様、熱いうちにどうぞ」


 私の事を『お嬢様』と呼ぶ彼女は、私の家に仕える『メイド』なのである。


 彼女の名前は『柊雪(ひいらぎゆき)』。近くの大学に通う大学生である。現役で入って二回生といっていたので歳は確か20である。ただ苦学生らしく、彼女はアルバイトの名目でここで働いている。


 そして私は彼女を雇っている家の一人娘で名前は『北条院未祐(ほうじょういんみゆ)』という。この地域にある有名なお嬢様学校の中等部に通っている。今は16歳の中学二年生だ。


 自分でいうのはなんだけどなかなかの顔つきだとは思う。髪色は茶髪で、よく小さい頃は学校の先生に髪の色で注意されていた。地毛なのに。それだけならまだしも、ひどい癖っ毛で長くすると手入れが大変だからいつもショートヘアのにしている。ちなみに身長は160cm、体重はさすがに秘密。


 家は元々自事業家の一族で多くのビジネスを成功させてきた。なので資産も豊富であり、いわゆる世間一般で言うお金持ちの家なのである。この人を雇っていたり、私がお嬢様学校に通っていたり、このだだっ広い家が何よりの証拠である。


 実は他にも何人かメイドさんを雇っているがこの人は私専属のメイドさんである。美しいだけでなくとても有能で何事もそつなくこなし、まるで漫画の登場人物のように容姿端麗才色兼備を地でいく人なのである。


「お嬢様、ずっと考え込んでいるようですけど早く食べないと学校に遅刻してしまいますよ」


 だが私はこの人が嫌いである。いや、大嫌いなのである。


 そもそも私はあまり他人との関わりが好きではない。コミュ障ではないし、最低限の人付き合いは出来るけど、人間関係というものは本当に疲れる。ほとんどの人がそうかもしれないけど。


 そして普通なら家に帰ると見知った親しかおらず、ほとんどその自分が出せるので、そこでようやく人付き合いという重い枷から解き放たれるはずである。


 ところが、この家では帰るたびに『メイド』というものがいる。


 身の回りの事やすべて片づけてくれて、様々な世話をしてくれる。そのことについては感謝すべきなのであるが、どこに行くにもなにかやるにも常に確認されたり、付き添いに来たりと、全く身が休まる暇がない。


 元々両親は忙しく、私は小さい頃から家事などは一通り自分でやってきた。料理だって洗濯だって掃除だって一人であらかたできるのである。


 それなのにだ。中学になって両親はさらに仕事が忙しくなったなどと言って突然、私専属のメイドを雇ったのである。それまでにも家全体の掃除や業務の処理などをこなすメイドさんはちらほらいたが、私に付きっきりの人ははじめてであった。


 まぁあの人たちは、自分たちがかまってやれないのを補うためにそうしたのであろう。まぁそんな親の思惑などはどうでもいいが。あの人たちにとって私の存在などその程度の物だろう。 


「お嬢様、遅れてしまうますよ。お急ぎを」


「うるさい。他人のくせに偉そうにしないで。今日はお腹すいてないのよ。もういく」


 メイドは私を急かしているように言葉を紡ぐが、何というか言葉に感情がない。淡々と機械のように冷めた口で私に話してくる。きれいで美人でさらに有能なだけあって、この対応に無性にいらだちを覚える。


 私は感情的になってその場を飛び出す。そして持ってきていた鞄を握りしめる。既に学校の制服には着替えてある。私はすぐさま家の門まで走っていく。


「お嬢様、学校まで車でお送りいたします」


「結構よ。電車で行くから、あなたは来ないで。家族ぶらないで!!」


 メイドはお節介にも通学にもついて来ようとしたので私はきっぱりと断る。声を荒げて睨みつけて、嫌悪感を彼女に見せつける。そしてわざわざ大きな音を鳴らして扉を閉めた。


 付きまとう機械みたいなメイドも、そもそもほとんど会っていない両親もどうでもいい。私ははっきり言って『家族』という概念が分からなくなっていた。 


「あいつが来てからよ、こんなにイライラするのは」


 親とのかかわりが薄く、いつも何も考えずに淡々と一日が始まっていた。


 このメイドが来てからなぜか心が乱されていた。毎朝毎朝不機嫌になる。心がざわざわする。


 この時の私は彼女に対する感情が何なのかは分かっていなかった。

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