第29話

宮城静江は、大きく肩で息をついた。

「もうお分かりでしょうけど、ピアノの先生を殺したのは私です」

大塚と父親は驚愕した。いきなりの告白だったからだ。

セクハラが続き、耐えられない日常のなかで、親は静江の味方にならず、崖っぷちであったことはさっきまで話していたのだが、いきなり自分が真犯人であることを告白するような話し方ではなかった。

「私たちは、もしやとは思っていましたが、先ほどまでのお話では、そこまで想像はしていなかったのですが」

「それならそれで結構ですが、真実は私が知っていることです」

「では、なぜ犯人として同級生が捕まったのですか」

「彼には先生からセクハラをされていたことは話していました。彼とは、お付き合いというわけでもないのですが、彼の思いは私は知っていましたから」

「あなたは彼の思いに乗じて、彼を身代わりにしたというわけですか」

「それは違います。私が先生を殺してしまったあと、すぐに彼の家の外から彼の部屋に小石を投げて彼を呼び出しました。ことの顛末を話すと、君は何も心配しなくていい、とだけ話して、その後に警察に自主したのです」

「どうして彼はそこまでしたのですか」

「私は泣いて止めました。でも、彼が言うには、あなたは世間に出ていく人だ。自分の将来などはたかが知れている。だからあなたの代わりに自分の将来を閉ざしても、そのほうが自分は幸せだというのです。彼は私にすぐに家に帰り、部屋に籠りなさいと言いました。だから私はその通りにしたのです」

「しかし、彼はその後自殺しています。そのことについてはどうお考えですか」

「悲痛以外になかったです。毎日泣いていました。でも、月日がたつうちに、彼の思いに答えて、女優の道に進もうと考え、立ち直りました」

「それはずいぶん勝手な言い分ですね。あなたの犯した犯罪により、ひとりの若者が死地に至ったのですよ。あんまりではないですか」

「彼の思いに答えたと申し上げているじゃないですか」

「開き直りですか」

大塚と父親が交互に声を出して、静江を攻め続けた。

「私は今、正直にあなたたちに真実を話しているのです。それをあなたがたがどう判断しようとご自由にということです。それとも、今まで話したことは嘘だったということにしましょうか」

そう言いながら静江は席を外した。


椅子に座りながら、大塚は思いをめぐらせていた。

大塚はこの段階になって、はっと気づいたことがあった。静江と初めて会ったときから、すべて静江のペースで進んでいることを。


静江は第一の殺人事件の真犯人は自分だと告白した。そのことで、事態がどうなるというのだろう。父親は自白させたかのように誇らしく思うだろうが、そこまでの話だ。

いまさら、警視庁に事件の真犯人が告白しましたと申し出ても、50年も前の事件を掘り起こすことは無いだろう。

マスコミに情報を流したところで、たいした扱いをされるとも思えない。自分たちは彼女の告白をどうすることも出来ない。

ただ、彼の本業である心理カウンセラーの仕事のうえでは、対象者の心理的な負担部分を明らかにして、心理状態を改善する方向に向かわせることには利益になりうる。

それならそれでいい。

自分たちは、警察ではないのだから。

心の底にある「正義感」がもやもやすることになるだろうが、それもやがて萎んでいくだろう。

だが、今は第一の事件のことだ。第二の事件、第三の事件はどうなるのだろう。

そこまで静江の口から聞かなければならないと大塚は思った。



#30に続く。






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