第27話
宮城静江と連絡が取れなくなって二日が過ぎた。
大塚は静江が逃げたとは思っていなかった。
初めて会ってから、静江は常に堂々とし、市役所の福祉課に相談をしにきた人とは思えないほどの迫力があった。
大塚たちが調査の結果を伝え、疑惑があるようなことを言っても、いわゆる逆キレにこそなれ、意気消沈しているようなそぶりは見せなかった。
大塚の父親などは、気分転換に旅行でもしているのだろうと、鷹揚な態度だった。
市役所に用事があり、打ち合わせが済んで市庁舎を出たとき、大塚のスマホが鳴った。
「ご連絡できなくて申し訳ありません」
静江からの電話だった。
「私はいま、金沢に来ています。お話したいことがありますので、可能ならこちらまで来ていただくことは出来ないでしょうか」
大塚は驚愕した。父親の言ったとおり、旅行に行ったのだと思ったが、静江の声が今まで聞いたことがないほど憔悴していたからだ。
「金沢のどこに行けばよろしいのでしょうか」
「明日、能登半島に向かいます。輪島の近くに曽々木海岸というところがありますからそちらまでおいでいただけますか」
「分かりました、何とかします。静江さんは大丈夫ですか。何だかお元気がないようですので」
「はい、大丈夫です。詳しいことは明日お話します」
約束は午後二時だった。新幹線で金沢まで行き、そこからはローカル線に乗って輪島まで行く。そこから曽々木海岸まで、バスかタクシーで行ける。
父親に電話をして同行を求めた。
そして、次の日、大塚と父親は上野発午前7時発の新幹線の車上にいた。
「何を話すと思いますか」
「分からない、もしかすると静江は死を考えていたのではないだろうか」
「それはどうでしょう。我々には何の確証もないし、仮に彼女が犯人だったとしても否定し続けていればいいのでしょうから」
「人間の気持ちは分からんよ。我々が動いたことで、彼女の心境を変化させたのかも知れない。希望は持てないが、自白するかも知れない」
父親はまだまだ現役の刑事のようだった。
「よほどの心境の変化があったんでしょうね。そうじゃなきゃ、我々をわざわざ呼びつけたりしないでしょうから」
「まあ、何が飛び出すか、見ものだ」
大塚も父親も、宮城静江の心境を推し量りかねているようだった。
金沢に着くまで、静江のことを話したり、黙って流れる風景を見たりの連続で、旅の余韻を味わうどころではなかった。
金沢に着いて、ローカル線に乗り換えて、輪島に向かった。ふたりとも、金沢には何度も来ていたが、能登は初めてだった。
午後のローカル線は人もまばらだった。
一時間ほどで輪島に着き、曽々木海岸までのバスの連絡が悪いので、タクシーで向かった。
曽々木海岸に着いたのは午後二時十分前だった。
海岸に下りると、かなり先のほうに静江の姿があった。
黒い大きな帽子が風で吹き飛ばされそうなのを必死に手で押さえていた。
荷物は持っていないようだった。
大塚と父親はゆっくりと静江に近づいていった。
#28に続く。
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