第26話

静江は過去の事件のことを聞かれることに強い拒否感を表していたが、大塚の説得により話を続けることを納得した。

「あなたのご主人と女性が殺された事件はまだ未解決のままです」

静江は鬼のような表情になった。

「それも私がやったというのですか」

「それもとはどういうことですか、前の事件をあなたの犯行だと言った覚えはありませんけれど」

明らかに静江は動揺し、錯乱していた。その錯乱が招いた失言だった。

「そう言っているようなものじゃないですか」

「違います。第一と第二の事件について、私も父もあなたが本当の犯人だとは思っておりません」

「そうですか、それなら良いのですが」

静江は少し安堵したようだった。

「あなたにはご主人を殺す動機がある。当時の捜査担当者は当然あなたを第一の容疑者として徹底的に捜査したはずです」

「そうですわ。でも、アリバイもありましたし、女の犯行ではないというのが結論だったみたいです」

「ですから、あなたには何の疑いも持っておりません。ご主人が殺された事件は、前の事件と違って、犯人が分かっていません。容疑者も具体的に上がらなくて、流しの犯行という線になっていましたが、未だに犯人のはの字も浮かんでいないのです」

「私は、夫を殺されてショックでした。それまでの事件と比べられないくらいのものでした。私は深く主人を愛していました。彼が他に女を作っても、必ず自分のところに戻って来ると思っていましたから」

「恨んではいなかったということですね」

「そうです。恨むなんてとんでもないことです。私はどれだけ主人に感謝しているか。何不自由ない生活をさせてもらったし、愛してもらった。その彼に恩返しが出来なかったのが本当に悔やまれます」

「恩返しとは何をですか」

「彼が欲しがっていた、子供が出来なかったことです」

「そのことが気になって、再婚もされなかったのですか」

「それもあります。もう彼以上に愛する男性は現れないように思っていましたから」

大塚は、静江は本当のことを言っているように思った。第一の事件と第二の事件は、もしかすると静江が犯人を動かした可能性があるが、第三の事件は無関係ではないかと感じられたのだ。

「今日はさすがに疲れました。次の機会にしていただけますか」

静江は、確かに疲労の色を浮かべていた。大塚は、再度連絡をするとして、静江の家を後にした。

駅までの帰り道、父親は静江の言葉にまだ納得できない様子だった。

「静江が夫を愛していたなら、動機は薄くなる。だが、逆だったら動機はそのままだし、そうなれば、誰かを雇って殺させたということも考えられる。そうなればアリバイは関係ないことになる」

「確かにそうですが、私は彼女が本当のことを言っているように思いました」

父親はそれ以上、口を開かなかった。

二日後に静江に連絡すると、電話には出なかった。

何度も電話をしたが、とうとうその日に連絡は出来なかった。翌日、静江の家に向かうと、郵便受けに郵便物が溜まっていた。

父親は、「逃げたのか」と電話口で大きな声を出した。





#27に続く。






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