第25話
大塚は第一の殺人事件について静江が真相を話すことはないと判断し、次の事件の話題に転じていた。
「あなたに一方的に恋した助監督さんが、ストーカーと化した恋人の俳優を殺した事件ですが、この事件も犯人が自殺しています。あまりにも、第一の事件と様相が似ています」
大塚の父親の語気が荒くなってきた。
「女優として上り調子になっていたころでしたから、もう女優を辞めてしまおうかと思ったくらいショックが大きかったのです」
「でもあなたは女優を辞めなかった」
不躾な質問が大塚の父親から発せられた。
それには、静江も忍耐が切れたような表情になっていた。
「そうです、辞めませんでした。周りの人たちから凄く励まされていましたし、母親も上京してしばらく一緒にいてくれましたから」
「第一の事件のときもご両親や学校の先生と友人たちからの支えがあったからとおっしゃいました」
「そうです。だからどうと申されるのですか。私が悲観して自殺するのが当然だと言いたいのですか」
静江の顔は完全に怒りの炎が燃えていた。
「いやいや、そんなことは言いません。あなたは人並み外れた強靭な精神をお持ちだと思ったからです」
「そうかも知れません。女優のことをご存知ではないだろうと思いますが、女優という仕事は外側は華やかに見えますが、それはそれは人間の業の悪の部分が圧し掛かってくる過酷な仕事なのです。今で言う、セクハラ、パワハラ、差別、妬み嫉み、裏切り、なんでもありの世界にいるんです。だから普通の神経ではやっていられないのです」
「なるほど、でも私たちの調査でひとつのことが分かりました。それは、あなたと助監督さんに一方的ではない関係があったことを証言した人がいたという事実です」
「根も葉もないことです」
「キャメラマン助手の人が、あなたと助監督さんが手を握り合っていたとか、頬を触っていたとかという現場を目撃しているのです」
「もう40年以上も前のことですよ。そんなこと信じられません」
「証拠は何もありません。でも、もしあなたと助監督さんの間に関係性があったとすれば、事件の概要は違ってきますからね」
父親の口調はまるで刑事そのものだった。
「まるで取り調べのようですね」
大塚が口を挟んだ。
「すみません、父はまだ刑事魂が残っているものですから」
「だいたいあなたは何なのですか。心理カウンセラーでしょ。探偵ごっこでもしているおつもりなのですか」
「そんなつもりはありません。あくまでもあなたのカウンセリングの一貫ですよ。事件の真相を暴こうとか考えてはおりません」
「ではもういいでしょう」
「もちろんそれでもけっこうです。でも、この際、思い切って話してみませんか。そうすればあなたの心の奥にある暗闇にも光が差すことになるかも知れません」
大塚の父親は、息子の仕事としてのプロフェショナルな一面を見たような気がした。
#26に続く。
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