第21話

元刑事の大塚の父親は、カップに入ったコーヒーをゆっくりと飲み干した。

「本庁の資料室の室長は、俺の後輩の息子だ。奴に相談してみよう」

温かいものが口に入ったので、少し赤味がかった顔を大塚に向けながら口を開いた。

やはり、事件を調査するには、警察関係の知り合いがいないとまったく歯が立たないと大塚は実感した。

翌日、警視庁の資料室に向かった大塚と父親は、三十年以上も前の静江の夫と愛人の殺人事件の資料を閲覧できた。

 そのとき捜査に当たった所轄の刑事は、大塚の父親の後輩が署長だったときの部下であった。

 捜査員は、まだ東京に住んでいて、健在だった。大塚の父親はその元捜査官と連絡を取り、面会を約束していた。

秋の深い日の夕方、大塚と父親は、東京のはずれにある団地にいた。駅前から続く元住宅公団が作った団地の建物が同じような概観で、何キロにも連なっていた。

そこの23のBという棟の3階に元捜査官は住んでいた。

「現役を引退してからもう20年です。ほとんどのヤマ(事件)の記憶が薄らいでいくなかで、あの事件だけがお宮入りになったので、今でも鮮明に覚えています」

大塚は調査相手に恵まれていると思った。第一の事件も、地元の警察関係者の協力もあったが、話を聞ける人間が生存していて、その誰もが協力的であった。今回も、元捜査官というのは警察を辞めた後でも口が堅くて、部外者には警戒感をむき出しにしてなかなか話を聞くのが難しいと言われているのに、今回の相手のように協力的だった。

「あのヤマは、流しの犯行だったというのが、捜査本部の結論でした。私もそう思った。だが、ベテランの係長だけは懐疑的だったんです」

「それはどういうことでしょうか」

「現状の荒れ方ですね。一応物色した後はあったのですが、係長に言わせると、違和感があるということだったんです。つまり、流しの犯行を装ったという可能性があるということだったのですが、怨恨の線ではホシに繋がるものは何も出なかったものですから」

「夫と愛人が殺されたということは、疑う相手は決まってますよね」

大塚の父親が口を挟んだ。

「夫の妻のことでしょ。もちろん完璧に捜査しました。家で寝ていたということで、アリバイはなかったものの、動機の部分で弱いのと、ふたりを一突きで殺すという手際の良さとかで容疑者としては弱い。女のほうは、他に男の線もなかった。ふたりの関係者を洗いざらい捜査しましたけど、容疑者になりうる人物は浮かんでこなかったんですよ」

「その係長さんはご健在でしょうか」

「もう十年も前に死んでいます」

「そうですか、あなたはどう考えますか」

「確かに係長の勘はありかなとも思えますが、やはり決定的な証拠というか、確証がなかったというか」

「妻の動機が弱いとはどういうことですか」

「夫の浮気は日常茶飯事で、奥さんとしては慣れていたんですね。しかも、夫が殺されるまでの一年間はほとんど家に帰っていません。それでも贅沢な生活が出来る金は送ってくれていたということだったんですよ」

「確かにですね。それではわざわざ夫と愛人のふたりも殺す必要は高くないということですね」

「ということで、流しの犯行となると、周辺で類似した事件があるとか、何らかのとっかかりが無いと捜査が難しくなったんですよ」

「今より情報提供のシステムが無かった時代ですからね」

捜査は行き詰まり、やがて捜査本部も縮小され、今ではかたちだけの継続捜査状態が続いているというわけだった。





#22に続く。




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