第20話

宮城静江が女優時代親しくしていた、元メーキャップ係の女性と会って、二日後だった。その女性から電話がかかって来た。

「あれから、しずちゃんのことが頭から離れなくて、それで思い出したことがあったのです」

彼女の話はこうだった。撮影所で一緒に働いていた、キャメラマン助手の男がいた。その人から元メーキャップの女性が聞いた話があった。

ある映画の撮影のとき、殺人犯の助監督が静江さんに演技の段取りを現場で確認していたときのこと、キャメラマン助手は、キャメラマンがカメラの位置を離れた隙に、カメラのファインダーを覗いた。そこに見えたものは、静江と助監督であった。ふたりは熱心に台詞の段取り、表情、立ち位置を確認し合っていた。そんな光景は、撮影所ではごく普通のものだった。だが、次の瞬間、目を疑うようなものを目にしたのだ。

打ち合わせが終わって、ふたりが離れようとした瞬間、静江が助監督の頬を触ったのだ、一瞬であったが、それは恋する乙女のする行為以外のなにものでもないと思われた。

さらに、助監督は、これまた目にも止まらぬ速さで、静江の指を握ったのだった。

それをキャメラマン助手はカメラのファインダー越しに目撃したというのだ。

その話は、キャメラマン助手と、元メイキャップ係りのふたりだけの秘密になったのだ。「その人は、自分の見たものが本当にあったのかと、わが目を疑うようなことを申しておりました」

「さすがに見てはいけないものを見てしまったということですね」

「そうだったのだと思います」

「でも、そのことを何故あなただけに話したのですか」

「それは会社が怖かったのだと思います。彼は、助手という立場であり、契約社員だったということもあったのだと思います。生活を安定させるために、どうしても早く正式のカメラマンになって、映画会社に正社員として採用されたいと願っておりました。だから、自分が見たことをいい加減に言いふらすと、映画会社から追放されかねないと恐れていたのだと思います」

大塚はそこまで話を聞いて変だなと思った。

「カメラマン助手の人はあなただけにこの話をしたのですよね。それほど、あなたを信頼していたということになりますよね」

「おっしゃる通りです。私たちは付き合っておりました」

「その方とお会いしたいですね」

「それは無理です。事件があってすぐに事故に会って亡くなりましたから」

「何ですって」

大塚は思わず大きな声を出した。電話をしていたとき、彼は勤務するNPO法人の事務所にいたので、その場にいた人はみんな彼の方を向いた。

「あっ、すいません。そのことを何故お会いしたとき話していただけなかったのですか」「私にとっては凄く悲しい出来事だったので、心の奥の方に閉ざしてしまったのです。それがあなたたちがお見えになって静江さんの話をしていて蘇ってきたのだと思います」

「その方が亡くなられた事故というのはどのような事故だったのでしょう」

「酔って家に帰る途中、駅のホームから転落して、電車に跳ねられたということでした」大塚はすぐに父親に相談した。

「静江の周辺で三人の男が殺され、ふたりの犯人の男が自殺し、さらにひとりの男が事故死をしている。とても偶然の成り行きということではすまないな」

「いや、もうひとり、彼女の夫と一緒に殺された女性がいます」

「異常だよ、これは」

「やはりこれは警察に報告したほうが良いのでしょうか」

「いや、まだ証拠は何も出てきていない。しかも二件は捜査は終わっているし、自殺者と事故死は事件にすらなっていない。可能性があるとしたら、静江の夫が殺された事件だけが未解決なだけだ。その事件の重要な証拠でも見つかれば動くだろうが、それも無いということなら、まったく相手にされないだろう」

大塚は父親の言葉に深く頷くだけだった。





#21に続く。




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