第19話
宮城静江の女優時代仲の良かったという元メーキャップの女性の住む町は、横浜から京浜急行で20分くらいかかる海べりの町だった。
その女性の自宅を直接訪問する約束になっていたので、駅を降りると、海に向かって細い道を歩いていった。
家は、海岸から100メートルくらいのところにあった。駅前から5分もかからなかった。多分、二階からは海を見れるだろう。
「ここらへんの家は手入れが大変だろうな」
大塚の父親は、こじんまりとした古い木造建築の住宅を見上げていた。
「そうですね、潮風で外壁とかやられるでしょうから」
元メーキャップの女性は、呼び鈴を押すとすぐに出てきて、大塚たちを向かい入れた。
もう80歳を超えているだからか、腰が少し曲がっていた。
「遠いところをご苦労さまでした」
女性は、消え入るような声で大塚たちを見ていた。
大塚は、静江の撮影所当時の様子や、犯人のこと、被害者のことなど、時間をかけてゆっくりと聞いていた。
「あの事件は私の一生で一番の衝撃でしたから、今でもはっきりと覚えています。ほかの事はまるで憶えていないのに、あのことだけは憶えているんです」
彼女の話によると、静江は彼女のことをお姉さんのように慕っていて、何でも話す中だったという。
殺された俳優のことで何度も悩みを聞いたという。
「しずちゃんは、彼のことを恐れていました。自分を見つめる目が怖い。殺されるかも知れないと何度も話していました」
「では何故静江さんとほとんど話したことがない助監督が彼を殺したと思いますか」
「私もそれが不思議でなりませんでした。助監督としずちゃんは、私の知る限り仕事以外で話したことはないと思うのですね。ただ、助監督が片思いしていて、しずちゃんを助けようとしたという可能性はあると思うんですよ」
「それが捜査陣の結論でしたよね」
「でも、何も殺すことは無いと思いませんか」
「そうですよ、それは言えます」
「撮影所内では、殺された人がストーカーのように付き纏ったことは誰でも知っていましたけど、何も殺人をしなくてもと思います」
「異常な性格だったのでしょうか」
「そんなことはなかったと思いますよ。助監督さんは、とても温厚な人で、性格の悪いスタッフさんたちが多い撮影所のなかでも、俳優さんたちは信頼していましたから」
「不思議ですねえ」
「本当に助監督さんと静江さんとは何でもなかったのでしょうか」
「あなたからお電話があったときから考えていたのですが、ひとつ思い出したことがありました」
「ぜひお聞かせください」
「いつだったか、銀座で静江さんを見かけたことがあったんです。私の随分前を歩いていたので、呼びかけようと静江さんに向かっていったら、あるお店のなかから男の人が出てきて、静江さんと合流して、どこかへ歩いて行ったのです。男の人は帽子を目深に被っていましたから、顔が見えなかったのですが、背丈や体つきで、もしかしたら助監督さんじゃなかったのかと」
「誰にも内緒でふたりは付き合っていたということも考えられますね」
「撮影所では二人はまったく知らぬふりでしょ。だから私の思い違いということもあるのですが」
「静江さんから好きな男の人の話とか聞いたことはあるのでしょ」
「好きなタイプとかは話したことはありますけど、しずちゃんはあんまり自分のことは話すタイプじゃなかったから」
大塚たちは二時間くらい滞在して帰路についた。
「助監督との関係があるかも知れないな。そうなると、第一の事件のように殺人の依頼、もしくは同情をかって、殺すように仕向けたということも考えられる」
元刑事の父親は、想像する先が必ず犯人かそうではないかということに行き着く。
「あくまでも想像の領域だね。もう少し確証が欲しいんだけど」
「やはり本庁で確かめるしかないか」
父親は、諦めるような顔をしていた。
#20に続く。
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