第17話
順調な結婚生活が変化しはじめたのは、5年目くらいからだった。
子供が出来ないことに姑が怒りだしたのだ。
「息子は悪くない、あなたの体が変なのだと決め付けられ、何度も婦人科を受診させられました。でも、私の体は問題がない。姑はその事実を認めませんでした。そのことがあって以来、私は夫の愛情に疑問を持ったのです」
「あなたを守ってくれなかったのですね」
大塚は憐憫の表情で静江に語りかけた。
「そうです。何一つ私を庇ってくれなかった。むしろ、他に女を作って、家に帰らなくなってしまったのです」
「それは酷いですね」
「でも私は恨みませんでした。だって、夫は私を家から追い出そうとはしなかったし、お金はそれまでと同じように運んでくれていましたから、自由に暮らしていました」
「旦那さんの親は何も言わなかったのですか」
「ええ、姑は夫の言うことに逆らえなかったのです。溺愛していたのですね」
「その状態はいつまで続いたのですか」
「それが、2年目くらいになると突然夫が死んだのです。女の家で、女とともに寝室で何者かに刺されていたのです」
大塚は驚愕した。十代のころに二人の男が静江の周辺で死んでいるのに加えて、ついに夫まで殺されたのか。静江は毒婦なのかも知れない。背中に戦慄が走った。
さすがの大塚も、このときばかりは顔に驚愕の色を浮かべた。
静江はしばらく黙っていた。多分、三十秒くらいだったろう。大塚には、その時間が何時間にも感じられた。
「犯人は捕まったのですか」
大塚の声は少し震えていた。
「結局、強盗の犯行ではないかとは言われていたのですが、犯人は逮捕されませんでした。」
「迷宮入りということですね」
「そうです」
大塚は、ある考えが頭をよぎった。
「夫と愛人を殺したのは、静江ではないのだろうか」
だが、すぐに目の前の静江のえも言われぬ不気味さに圧倒されて、その想像は消えていった。
「それからは、再婚しておりません。幸いにして、籍がそのままだったので、住んでいたお屋敷も、夫が保有していた一流会社の株も相続出来ましたから、生活費には当面困りませんでした。しばらくして、映画会社のときの宣伝部の人からお誘いがあって、芸能プロダクションを経営することになり、多くの俳優を抱えて事業をすることが出来たのです」その後、静江は60歳前に会社を人にまかせ、引退して悠々自適な生活を送っているということだった。
静江の、今までの話から、現在の悩みの根源を探ることは出来ない。
三件もの殺人事件を経験しているが、その衝撃を受け、トラウマになったという話は静江から聞かれなかった。
「あなたのお話を伺いましたけど、どこに今のお悩みの原因があるのかはにわかには分かりません。だが、悩みというものははっきりとした原因があるとは限りません。人は、歳をとると、漠然とした不安感に苛まれることがあります。老人性うつ病という病気です。そうなると、精神科を受診していただいて、薬物療法が一般的な治療法です。私の仕事は、お悩みを聞いて、それをどう解決していくかということへのお導きをする仕事ですから、お医者さんや、臨床心理士とも協力して治療を進めていくお手伝いをさせていただきます」静江は頷いた。大塚の指示に従うという。
「お薬に抵抗感はありますか」
「どのようなお薬でしょうか」
「安定剤とか、睡眠導入薬ですね。睡眠薬というと、悪い薬のようですが、最近の薬は進歩していて、依存症にならないようなものがあります」
「それは安心ですね」
まず、提携している精神科のクリニックを紹介して、そこへ行ってもらうことにした。受診の際には大塚が付き添うことにした。
#18に続く。
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