第16話

目の前にいる宮城静江は、その日も不気味な瞳の輝きを大塚に向けていた。

紫のワンピースにオレンジ色のブローチが鈍い光を放っていた。

目もくらむ姿だった。

数日前に分かった、第一の殺人事件の概要は、大塚に眠れない夜をもたらした。

第二の殺人事件の調査が終わるまで、第一の殺人事件のことは封印するつもりだった。

だが、どこにいても、いつでも静江のために犯行を犯し、自殺して果てた同級生の男のことが思い浮かんで離れなかった。

静江と会う前日もほとんど眠れなかった。意識が少し朦朧とするなかで、何とか静江の前に座ることが出来たのである。

「映画界に入って、十年くらい経ったころです。主人と出会いました」

いきなり静江が語りだした。

「映画会社からは、若手のホープとしては期待されなくなって、仕事も減ったのですが、それなりの役はもらえていましたから、私としては女優を続けていくモチベーションは辛うじてあったと言えるでしょう。そのころはテレビも普及しておりましたから、テレビに出るお仕事もしておりました。とくに、NHKのスタジオドラマへ多く出演しておりました。そのころ、ある広告代理店の方を介して、私とお見合いしたいという申し出でがあったのです」

「それは映画会社を通してですか」

「いえ、父親の関係です。そのころの県知事の方が私のファンということで、県庁に出入りする広告代理店の方の紹介で、東京で家具の輸入をしている大きな会社の会長さまのひとり息子の方とお会いしたのです」

「女優のかたがお見合いというのは珍しいのではないですか」

「多分、父親の差し金だったのでしょう。いつまでも女優などをしていては結婚出来ないのではないかという危惧があったということは母から聞いておりましたから」

お見合いをした結果、静江も相手のことを気に入り、話は順調に進んでいったという。

相手は、父親の会社を継ぐために、大学を卒業するとフランスに留学し、ヨーロッパに人脈を築いていた。静江とは5歳違いの年上の男で、なかなかのダンディだったらしい。

話はとんとん拍子に進み、お見合いして3ヵ月後には婚約し、半年後には挙式したということだった。披露宴は、品川の元公爵の洋館を貸切り、経済界、芸能界などの著名人を多数招き盛大に行われた。

新居は、夫の父親が用意してくれた、品川区の御殿山にその名のとおり、御殿のような豪邸が用意されていた。

「結婚を機会に、女優は引退いたしました。夫の強い希望でもありました。私は続けてもいいと思っていましたけれど」

「女優に未練はなかったのですか」

「ないと言えば嘘になりますけど、家庭に入って夫を支えることも仕事だと思いました」新婚旅行は、ヨーロッパ一周だった。

「結婚生活は快適なものでした。夫の家には代々お手伝いさんが複数いまして、家事全般はお手伝いさんまかせで、私は好きなことをさせてもらいましたから」

「それだったら女優を辞めなければよかったですね」

「そうですけど、私としてはやっと平穏な日々を送ることが出来たという心持でした」

「退屈ではなかったですか」

「昼間は、料理教室やダンス教室などの習い事や、展覧会や観劇などでけっこう忙しくしておりました。また、夫が海外出張するおりには同伴もいたしました」

「充実した結婚生活だったのですね」


だが、結婚生活が5年目に入ると風向きが変わっていったということだった。

そこから静江の闇の部分の話が始まった。





#17に続く。








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