第13話
宮城静江の最初の殺人事件の犯人だった男の子の弟に話を聞いた大塚は、犯人の残したという紙切れの走り書きが気になっていた。
そこには「Sのために」と書かれていた。
「Sというのは宮城静江のことじゃないか」大塚の父親は元刑事らしい洞察力で推理した。
「確かにそうですね」
「恐らく彼が犯人であったことは間違いがない。物証も揃っているし、自供もある。直接手を下したのは宮城の同級生の男であったことは確かだろう。だが、そう仕向けたのが静江であるという可能性はある」
やはり、大塚の父親は元刑事だけのことはあると大塚は思った。自分は、犯人の弟が「兄は犯人じゃない」という言葉に引っかかりそのことばかりを考えていて、紙切れの走り書きのことはほとんど考えていなかったからだ。
「もう少し宮城と犯人の関係で突っ込んだところを探りたいな」
大塚の父親は、そう言うとすぐに携帯電話を取り出して、前日に話を聞いた元捜査官に電話した。
犯人の同級生で、犯人と親しくしていた人物がいないかどうか聞いたのである。
「県警の資料室に残っているそのときの捜査資料を見させてもらえそうだ」
そういうとバス亭に急いだ。75歳にもなる父親の威勢がいいその姿に大塚は少し感動していた。この調査は自分だけでは到底出来なかっただろう。それにしても、さすが元警視庁捜査一課の刑事だったことはあると感心した。
県警の本庁にある資料室に行くには、電車で一時間以上かかった。ターミナル駅からタクシーに乗り10分で県警本部に着いた。
受付で資料室の場所を聞き、資料室で50年近く前のピアノ教師殺人事件の資料を閲覧できた。
その資料には、犯人の同級生からの供述調書が見つかった。それによると、3人の同級生から聞いた話が載っていた。
一番親しそうな同級生の住所を書き写した。静江も通っていた中学校のそばに住んでいた。「まだそこに居るでしょうか」
「家が商売をしているからな、その可能性もあるぞ」
その男の家は古い酒つくりの商売をしていた。地元の酒造家だった。
まだ午後の3時なので急いで行けば夕方には着けそうだった。大塚は次の日には東京に帰らなければならない。今日もし会えなければ、父親に後を託しても良いのだが、高齢の父親ひとりを残していくのも申し訳ないと思った。
「とにかく急ぎましょう」
ふたりは県警本部を飛び出し、タクシーを捕まえて、そのまま目的地まで急いだ。
静江が通っていた中学校は、市内でも大きな規模の学校で、現在でも在校生が500人はいることを事前に調べていた。
その中学校を通り過ぎた。校庭では部活だろうか、多くの生徒たちが体操服でサッカーや陸上の練習をしているのが見えた。
「ここにあの宮城静江も通っていたのだ」そう思うと大塚はため息をついた。まさか、静江は大塚が自分の過去の琴線に触れるところにいるなどとは想像も出来ないだろう。もし、今それを知ったらどう反応するだろうか。あの鋭い、不気味な瞳をぎらつかせて威嚇してくるどろうか。
そんなことを考えていると、目的地に着いた。
田舎の町で見たことのあるような、大きく古い木造建築で、いかにも酒蔵という建物が背後にあり、表にはガラスの引き戸の店があった。
「本間酒造店」といういかにも古そうな看板が軒先にあった。ガラス戸を引くと、女将さんらしい60歳を超えた女性が立ち上がり、いらっしゃいませと大塚たちを迎えた。
「こちらに本間健二さんはいらっしゃいますか」
「はあ、どちらさまですか」
「東京から来た大塚と申します。50年前の事件について調査をしているものです」
「そうですか、遠いところをどうも。少しお待ちください」
女将さんらしき女性はそう言うと、奥のほうへ向かった。
どうやら、犯人の同級生はいるらしいと大塚は予感していた。
#14に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます