第12話

宮城静江の第一の殺人事件の調査のために東北の町にやって来た大塚と大塚の父親は、当時捜査に当たった元捜査官に会い、事件の概要と、自殺した犯人の兄弟の連絡先を聞きだし、今その兄弟の家に向かっていた。

街中で、飲食店をやっているとのことで、その店の二階にある住居を訪問する約束を取り付けたのだ。

「もうとっくの、昔の話だし、思い出すのもどうか」とためらわれたのだが、大塚が宮城静江の名前を出すと、態度を変えて、会おうということになったのだ。

自宅にいたのは、犯人の弟という男だった。歳は59歳。50年近く前のことであったが、記憶は鮮明だった。

「俺は、兄貴が殺人の犯人とは思っていない」

いきなり、怒りに満ちた表情で語りだしたので、大塚も父親も驚いた。

「兄貴は本当に優しい良い人だった。おやじは、酒を飲むと暴れるが、今の言葉の虐待をしていたなんて事実もない。兄貴が何故ピアノの先生の家に行ったのか分からない。ピアノを辞めたのは小学校低学年のころで、それ以来ピアノを触ることもなかった」

「犯行当時、精神的に追い詰められた状態だったということですが」

「そんなことはねえさ。前の日は俺を祭りに連れていってくれて、同級生たちと会って騒いだくれいさ」

「同級生の方はまだこの町にいらっしゃいますか」

「いるべ、俺の店にも常連で来ているんだ」

同級生に会えれば、もっと深い話が聞けるかも知れない。

「どうして弟さんは、お兄さんが犯人ではないと思われるのですか。ただ、お兄さんが良い人だからというだけですか」

「確かなことは分からないんだ。ただ、あんたが昨日言っていた、宮城静江という人は知ってんだ」

「女優でしたからね」

「それだけじゃねえ。兄貴とときどき一緒に学校から帰ってきていたし、俺のことも可愛がってくれたんだ」

「じゃあ、家に来ることもあったんですか」

「あったさ」

「今になって考えると、付き合っていたということですか」

「それはどうかね。何しろ昔のことだから、今みたいに自由に恋愛する雰囲気でもなかったからな。でも、兄貴と宮城静江っていう女はふたりでいると楽しそうだったってことは覚えてるんだ」

「事件にまつわることを何か知りませんか」

「そうさな、事件のあと家に帰ってくると、確かに兄貴は沈んでいたな。俺ともまったく話さなかったんだ。宮城静江も二度と来なかったしな」

「遺書はなかったということでしたね」

「ちゃんとしたものはな」

「それはどういうことですか」

「手紙のようなものはなかったんだが、紙切れに走り書きしたものは、死んで部屋を整理していたら出てきたと母親が見せてくれたことがあっただ」

「どんな内容ですか」

「走り書きで、Sのために、と書かれてあったそうだ。俺も母親も何のことか分からないし、警察にも確か話してないと思うんだ」

「Sのために、ですか」

そのとき大塚はその意味がまだ分からなかった。

その意味にピンと来たのは、父親のほうだった。

「Sとは静江のことじゃないか」

ホテルまでの帰り道に父親がいきなり大きな声を出した。

兄貴は犯人ではないと断言した弟のことに頭を奪われていた大塚は父親の言葉にやっと頭のなかの厚い雲が取れたような気がした。





#13に続く。





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