第9話

宮城静江の話は高校生の時代に起きたまたまた悲惨な出来事だった。

先輩俳優と仲良くなったが、そのことを映画会社の人に叱責され、あげく男の方は俳優を辞めさせられたのだ。そのうえ、男はその後自室で死体となって発見された。

「実は、会社の人に私たちの仲が発覚するまえ、私は彼のことを嫌になっていたのです。私の撮影現場にはいつも来ていて、隙あれば話し掛け、仕事が終わるまで撮影所の入り口で待ったりしていたのですが、私も好意は持っていたものの、あまりに毎日なので少し鬱陶しくなっていたのです。ですから、会社の人に別れなさいと言われたときは正直ほっとしていたのです」

「では彼は自殺したのですか」

そこでまた静江の顔が曇った。いつものようにしばらく沈黙し、口の端が少し開くくらいの小さい声で続けた。

「私も最初はそう思い、私のせいで死んだと思い、とても苦しく、そして申し訳ないことをしたと懺悔の気持ちで打ち沈んでおりました。ですが、その後の捜査で殺人事件だったのです。しかもその犯人は撮影所の助監督だったのです」

「またあなたのことを好きな男の犯行だったのですか」

「いえ、そうではありません。何でも、犯人の男の人は、殺された彼との間に金銭トラブルがあったのだということが分かったのです」

「それは真実ですか」

大塚は、きっと静江と犯人には交流があり、静江と殺された男との間に嫉妬したことが犯行の動機になったのではないかと思ったからである。

「私は犯人とは口を聞いたことはありません」

静江の口調は厳しかった。その迫力に大塚は戸惑った。

「すいません」

「ただ、犯行の景色はどうあれ、私と親しい方がふたりも殺されたのですから、しばらくは落ち込みました」

「そうでしょう。きっとそのときの心痛が現在の心の曇りになっている可能性があるような気がします」

「意識はしていないのですが、そうかも知れません」

「ところで、犯人はその後どうしたのですか」

「聞いたところによると、実刑で10年の判決を受けて刑務所で服役したそうです。その後、確か事故死したそうです」

「えっ、また死んだのですか」

「詳しいことは知りません。新聞で読んだだけだったので」

「そんな事件があって、仕事には影響しなかったのですか」

「映画会社の方たちがマスコミなどから徹底的に守ってくださいましたので、仕事にも生活にもさほどの影響はありませんでした」

静江は、その後も、一ヶ月に一本のペースで映画に出ていた。

高校を卒業するころには世の中はテレビ時代に変わり、静江もテレビのドラマの仕事も増えていったのだという。

ただ、そのころから、静江の後輩の新人女優が大衆的な人気を獲得して、徐々に静江の仕事は減っていったのだという。

「そのころは人生で一番暗かった時代ですね。将来を不安に思う日々だったのです。女優の仕事を生涯の仕事でと思っておりましたので、大学にも進学しなかったのですから。両親は、女優の仕事が行き詰ったら、家に戻って家業を手伝ってもらいたいという希望を持っていたのですが」

「どうなさったのですか」

「ですが、私は女優という仕事が好きだったのですね。撮影現場の緊張感がたまらなかったのです。女優を辞めようとは思わなかったのです」




#10に続く。





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