第8話
宮城静江は、高校生のとき映画のオーディションに受かったことをきっかけに、映画会社が新人女優として大々的に売り出された。
「夢のような世界でした。新人であったにも関わらず、会社が全面的にバックアップしていたので、映画の撮影現場でよくある<いじめ>や<しごき>のようなものは無く、有名女優さんと同じメーキャップルームを使わせてもらったりしていました」
「新人はやはり苛められるんですか」
「先輩女優からはののしられたり、お茶をかけられたりしたみたいですね。それより怖いのは現場のスタッフさんたちが、新人の俳優や女優をストレスのはけ口のようにしていじわるをするんです」
当時は映画界が全盛時代だったので、スターでない新人の女優などは人間扱いされない状況だったようだ。
「宮城さんは幸運だったのですね」
「そうですね。それで女優のお仕事が楽しくなって高校を転校したのです」
「ではひとり暮らしを始めたのですか」
「いえ、おば様が東京に住んでおりましたからそこに部屋をいただいて、高校に通いながら映画やテレビの仕事をしたのです」
「高校にはちゃんと通えたのですか」
「仕事が忙しくてなかなか学校へは行けなかったのですが、それでも友達が協力してくれて、何とかなりました」
「では高校時代には何もトラウマになるようなことはなかったのですね」
大塚がそう聞くと、静江の顔がそれまでの明るさから一気に灰色のベールがかけられたようにみるみる曇っていった。
数秒の沈黙のあと、静江がゆっくりとした口調で話し始めた。
「映画デビューして半年くらいたったころでしょうか。私を好きになってくれた方がおりました。その方も映画会社所属の俳優だったのですが、私より二年先輩でした。まだ、脇役で苦労されている方でしたが、私と同じ映画に二本続けて出ていらして、休憩時間にお話をするようになっておりました」
当時はまだ女優などにパーソナルマネージャーは付いておらず、取材などのときだけ映画会社の宣伝部の人が付いてくることだったらしい。
つまり監視の目がなかったのである。だから、美人の女優に手を出す男たちは多かったのだという。
「その方はまじめな方でした。最初は私のほうはあまり興味がなかったのですが、その方がいつも私の現場に来ていて、演技のことなどいろんなことをアドバイスをしてくれたりしていましたので、だんだん私もその方に好意を持っていたのです」
学校と仕事の両立でふたりの仲はそれほど深くはなかったのだという。
「私も好意を持っていると分かったら、その方の私への「付き纏い」が始まったのです。そうなると、スタッフさんにバレてしまって、映画会社の人にふたりで呼び出されたのです。会社の人はどこまで関係が進んでいるのかとしつこく聞くのですが、忙しくてデートもしたことがないと主張したのですが、どうも信じていただけなくて、その結果、男の方は会社を追われることになってしまったのです」
彼の方は、相当抵抗したようだが、映画会社にしてみれば、将来を嘱望される新人女優に手を出した犯罪人みたいなもので、強引にやめさせたのだった。
その男が自室のアパートで死体となって発見されたのは、それから二ヶ月後だった。
#9に続く。
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