第2話
その洋館は、高級住宅街のなかでも一際目立つ存在だった。
昭和初期に建てられたもので、元々は財界の要人の別宅であったが、戦後財閥解体により、持ち主が変わり、その後所有者が転々としたが、十年前に相談者である老女が買って移り住んだという。
門の傍には大きな木があり、車寄せもある木造の洋風建築で、戦前に建てられたものとしては、手入れがいいのか、廃れるような感じはしなかった。
NPO法人で心理カウンセラーをしている大塚祐太が訪れたのは夕方に差し掛かる前の午後の遅い時間だった。
インターフォンを押すと、返事があった。
「心の窓の大塚と申します。市役所から紹介されて伺いました」
「どうぞ、お入りください」
老女の声には弱よわしいなかにも、芯のあるしっかりしたものだった。
大きな鉄製の門の傍らに人がひとり通るくらいの小さな通用口を大塚は入っていった。
玄関までは少し距離がある。
砂利を敷き詰められた車寄せを歩いて玄関までたどりつくと、玄関が少し開けられていた。
「お忙しいところすいません」
玄関を入るとそこにはひとりの老女が立っていた。
大塚はその姿にまず驚いた。
真っ赤なドレスを着た背筋がきちんと伸びた老女の凜とした風情だったのだ。
市役所からの報告では、生きる目的を失い、不眠症に悩まされ、うつを発症している可能性もあると聞いていたからである。
それまでの経験では、そのような対象者は憔悴して、姿勢も崩れ、表情にも暗さが滲み出ていることが多かったからだ。
老女はまっすぐに大塚のことを凝視していた。
肩までかかる髪の毛は年相応に艶が無かったが、染めている色のせいか、それほどの年老いた感じは少ない。顔は、鼻筋が通り、しわも少なく、やせていても、頬がこけて老人くさい感じも少なかった。
「こちらへどうぞ」
玄関ロビーに面した応接室のような部屋に案内された。
大塚はその部屋の内装に目を奪われた。
部屋の壁は濃い赤色のビロードのような素材で出来ており、目がくらむばかりだった。
だが、室内は暗く、陽があまり入ってこないような作りになっていた。
部屋の右側の壁には暖炉があり、その前にはロッキングチアーが置いてあった。
革張りのソファーがあり、そこに座るように勧められた。
お茶を持ってくるというので老女は席を外した。
部屋にはほとんど家具らしきものはない。ソファとロッキングチアーがあるだけだ。
この部屋のなかには、老女の生活を伺わせるものはない。
「お待たせしました」
数分後に老女はお茶を運んできた。
老女は落ち着いた様子で大塚のほうを向き口を開いた。
「宮城静江と申します」
大塚は老女の顔をじっと見た。
言葉がすぐに出なかった。
老女の眼光に常人とは違う光を放っていたからだった。
#3に続く。
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