老女の覚醒
egochann
第1話
その日の面会は、駅から歩いて10分くらいの住宅街にある洋館に住んでいる老女ということだった。
元市職員でNPO法人「こころの窓」の理事をしている心理カウンセラーの大塚祐太は、秋の深まった夕暮れ時をその洋館に向かって歩いていた。
私鉄に乗って都心から20分ほどでつくその駅は、山の手の高級住宅街で、太平洋戦争前から都心に住む金持ちたちが別荘を持つ土地柄であったが、都心が爆撃で焼け野原になった後は、金持ちたちがこぞって移り住んだ。
街には建築協定があり、60坪以下の敷地の住宅建築を禁止したり、ブロックだけの塀を禁止したり、杉並木を要所に配するなど、静かで優雅な町並みを作っていた。
大塚が駅についたのは、午後4時すぎで、駅には最寄の高校生や大学生たちで賑わっていた。
駅前から路地を入ると、すぐに住宅地が広がり、貧乏育ちの大塚には居心地の悪さを感じるような上品な町並みが続いていた。
大塚の所属するNPOは、心に悩みのある人でかなり重症な人、生活をすることに困難なほど精神病が重症で、頼る人がいない人など行政と連携しながら、相談に乗ったり、生活を支援したりするのが目的の団体で、大塚はそこで心理カウンセラーをしている。
その日訪問する老女の相談を受けた市の職員は、医療機関への受診を勧めたが、精神科の医者は苦手ということで、大塚に相談に応じてくれという要請が来たのだった。
老女は、夫を数十年前に亡くし、その後ずっとひとり暮らしをしてきたという76歳の女性で、最近眠れなくなり、ベッドに寝たきりのことも多いという。そうした生活に不安になり、自殺も考えたが、いざ実行しようとしても体が動かない、まだ70歳代ということもあり、心持次第ではまだまだ将来に生きる望みもあるのではないかということで、どこか話しをするだけで、自分の心の曇りを晴らしてくれるようなところはないかという話だった。
大塚は、これまでにも自殺願望のある高校生の娘の相談や、生きる意力を失った高齢者たちに数多く会ってきたので、それほど難しい相手ではなさそうという感触があった。
高齢者の相談の多くは、生きる望みを無くす原因のひとつに金の問題がある。年金だけでは生活が苦しく、一人暮らしの不安と相まって、悩みが底なし沼のように深いことがあるのだが、その日の老女にはお金の心配はなさそうで、それだけでも悩みの根っこの部分は軽減されると思ったからだ。
大塚が驚いたのは、住宅地の家のガレージに停めてある自家用車がみんな高級車だったことだ。まるで高級外車の展示会のように、一千万円以上はするであろう高級車ばかりだった。
俺には無縁な世界だ。こんな環境で一戸建てを所有している金持ちに何の悩みがあるんだ、そう思うと歩きが遅くなるような気がした。
ひとつひとつの敷地も大塚の住んでいるような山の手ながら下町風情のある住宅街とは比べられないくらい広い。
ため息をつきながら歩いていくと、家の前に大きな木のある洋館のような立派な建物の前に着いていた。
高さが7メートルはあるであろう木で出来た門には「宮城」という表札が見えた。訪問する家だ。
通用口のような鉄の扉があるところにインターフォンがあった。
一呼吸置いてから、インターフォンのスイッチを押した。
#2へ続く。
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