1-8 竹落葉日々季、襲われる その2

 腕が、溶けていた。


 腕から肩にかけて、炙ったチーズのようなドロドロとした液体が垂れ落ちていた。皮膚が融解しているとしか思えない状況だった。慌てて見やれば他の部位も溶け始めており、なかでも胸元は長く灯した蝋燭のようにボコボコにただれている。


 全身が溶けていくなんて、聞いたこともない。

 これは病気なんかじゃない―――けれども、じゃあ、何が起こっている?

 明確な説明のできない事態が起こり、そして―――どうなる?

 死ぬ?

 このまま、死ぬ?

 死の予感と恐怖とが、日々季を襲った。

 身体に絡みつく荷重もひどくなる一方で、動くことすらままならない。助けを求めることもできない。原因が分からないから対処のしようもない。つまり自分は唐突に死ぬ。自分に何が起きたのかを知ることもできないまま、ここで死んでしまう。

 

 そんなこと、納得いかない。


 日々季は身体を苛む圧力と、精神を掻き乱す恐怖に抗った。

 わけもわからず死ぬなんて、許しがたい。

 せめて、

 だから―――考えるんだ。

 

 ふりそそぐ大粒の水滴が、浴室の床を打ち叩く。


(……そういえば……感覚は無かったはずなのに、水が冷たかった……)


 環状道路を行き交う車の走行音が近づき、遠のきを繰り返す。


(あれは……頭から水をかぶったとき。そういえば暖かいと感じたのも頭と顔だけだった……でも、それがいったい何になるんだろう)


 聞こえるはずのない骨の軋む音が、頭の中にひびく。

 日々季を取り巻く雑音が、今は余りにも耳障りだった。


(……だめだ……うるさい……もっと……

 考える時間が欲しい……!)


 そのとき―――

 まるで終わりにフェードアウトしていくタイプの楽曲のように、あらゆる雑音が、すぅっと消えていった。

 溶けゆく身体を見つめるために開かれていた日々季の両眼は、信じられないものを目にした。


 たくさんの水滴が、空中に釘付けにされている。

 シャワーからの湯水や水蒸気が、完全に静止して浮かんでいるのだ。


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