1-6 竹落葉日々季、住みはじめる

 二〇三号室は、ちょうど探偵事務所の真上にあった。

 四畳のキッチンと十畳のワンルームに、バストイレ別。

 都内平均よりやや広め、というか、はっきり言って良い部屋である。


「おおー、全部そろってる……」


 日々季が思わず嘆息したとおり、家具と家電に関しては一通りが準備されていた。叔父の計らいだろう。冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、洗濯機、テレビ、LED電灯、カーテン。それからローテーブルとシングルベッド(枕と布団つき)……などなど。木製家具はどれも、白樺っぽい色合いの木目調で、いい感じのセンスだ。


「オーナーの奥さんが選んだそうよ。七時頃には帰ってくると思うけど」


 オーナーの奥さん、つまりは叔父さんの奥さんだ。


「必ずご挨拶に伺います!」


 日々季は深々と礼をした。


「きっと向こうからピンポーンってしてくると思うわよ。

 竹落葉さんが来るの、すっごく楽しみにしていたもの」


 幸緒さんは相好を崩すと、ややフランクな調子で問いかけてきた。


「さて、まだ十四時か。街歩きしたいところかな?」


 日々季のほうでも緊張が和らいでくる。


「あ、そうですね……この街がどんな街か見ておきたいかもしれないです」

「先に行っておくけどね、南口の方は、もうちょっと栄えてる」

「あ、良かったあ」

「そっちには私の友達も住んでるし、良かったら次のお休みに案内しようか?」

「ええっ、そんな、いいんですか?」

「どうせ奥さんともお茶するしね。混じっちゃえ、混じっちゃえ」


 日々季は胸をなでおろした。

 新生活の幸先は、とってもよい。

 一人暮らしは寂しいと聞いていたけれど、管理人は頼りがいがありそうだ。


「でも、バテないうちに荷解きしておいたほうがいいかもよ? あんまりないとは思うけど、足りないものを把握してから買い物に出るべきね」

「あ、そっか……じゃあ、ちょっと頑張ってみます」

「うん。頑張ってくださいな」


 幸緒さんはすいすいと部屋を出ていく。

 去り際にふいっと振り返って。


「そうそう。

なにか変なことが起きたら、トイレの床を三回、思いっきり踏み鳴らしてね」


「はい、わかりま―――」


 なにそれ?

 扉がバタンと閉められた。

 日々季は血相を変えて追いすがり、廊下をゆく幸緒の後ろ姿へ向けて叫ぶ。


「な、なにかってなんですか? なにか起こるんですか?」


 幸緒さんは、


「……起きないと思う!」


 と断言しながら、階下へ降りていった。


「なんか思わせぶりじゃないですかあ?!」



 おたけびは廊下の壁に吸い込まれるばかり。

 日々季は目を泳がせた。

 なんだろうか、あの、イベントを匂わせてきた感じは。

 大丈夫なのだろうか。

 だいじょばないのではないだろうか。


 そして結論から言うと、この数時間後に、最初の試練が日々季を襲う。

 

 ぜんぜん大丈夫ではない新生活が始まるのである。

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