1-5 竹落葉日々季、無駄な時間を過ごす
日々季が抱いている探偵事務所のイメージ。
毛利小五郎。
以上。
この国で生きている以上、毛利探偵事務所のロケーションから想像の翼は逃げられない。昔は煙草をくゆらせて競馬中継に聞き入っていた小五郎も、今ではコンプライアンスの監視下で大イビキをかくのが関の山ではあるが。
さて、『
出入り口側の何畳かは応接スペースで、ローテーブルにソファが二対。
スチールラックと観葉植物が壁に寄せて置いてある。
一見して常識的な内観だが、ラックに収まっているファイルが奇妙だ。『管理費帳簿』『修理連絡先一覧』といった平凡なそれに混じって『猿』『尿管結石』『百円マック』『子猿』といった謎の標題が見える。猿と子猿を分けているのが気になる。
「こちらが『203号室』の鍵です。
二つあるけれど、合鍵を作って、大事に締まっておくのがいいと思うわ。
無くしたらことですから。
そしてこれが部屋の家電設備一式の取扱説明書。
これ次の人にも使うから、捨てないでほしいです。
ガス水道電気の開通は済んでいます。
今日から使えるけれど、夜間に洗濯したり長時間シャワーを浴びるのは遠慮してほしいかな。
水漏れも直ぐに階下に被害が出るから、不具合があったらすぐ連絡してください。
あとはゴミ出しの日程などが乗っている区民のしおりが、これ。
このマンションはゴミスペースがあるのでいつでもゴミは出して良いけれど量は考えてね」
幸緒さんはテキパキと必要書類をまとめ、説明を終えると水を飲んだ。
「はい、質問は」
「……探偵さんは、どこにいらっしゃるんですか?」
「行方不明よ」
家についての質問じゃないんかーい、と突っ込まれるかと思ったのに衝撃の事実が飛び出して日々季は緑茶を吹いた。
「し、失踪されたんですか?」
「この事務所のどこかには居ると思うわ。あのへんに埋まってるかなあ……」
幸緒さんは『さくら餡パイ』を食べながら、衝立のほうを示した。
気になってはいたのだ。
整然とした応接室と、向こう側とを隔てる衝立があること。
衝立の隙間から大量のガラクタが垣間見えること。何かの空き箱、ビニール袋、ぐちゃぐちゃに雪崩を起こしている雑誌……。
「……どんな方なんですか?」
「あそこに写真があるわ」
天井の欄間に額がかけてあって、思いがけず気安い笑顔でピースしている男の顔写真がおさまっている。『わたしが探偵です』というキャプションが添えられていて
、なぜ農家テイストで紹介するんだろうと日々季は思う。
「生産者の顔が見えたら安心するやつ。あれを真似して作ってみたの」
と、幸緒さん。
本人が出てくるのが一番安心すると思う……と感じつつも、お追従で笑う日々季であった。
「あはは……」
「じゃあお部屋を見に行きましょうか」
幸緒さんはお菓子を食べ終えると、すっくと立ち上がった。
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