1-4 竹落葉日々季、測られる

 『パレス花桜はなざくら』は、首都高4号線に面した道沿いに建っていた。

 両隣を大きめのファミリータイプマンションに挟まれているため小さく見えたが、全十二戸の五階建てという、じゅうぶんな規模の建築である。

 築年数は二十年と古めだが、数年前に大々的なリフォームをしたそうで、外観は新築同然だ。薄い桜色の漆喰壁は品が良くて、日々季はひとめで気に入った。

 駅から歩いてくるまでで、モスバーガーや「いなげや」など買い物の拠点も発見できた。そう寂れた場所でもないようで、日々季は安心した(期待していたようなオシャレなお店は見つけられなかったが……)。


 けれども、マンションに関して、引っかかるところがあった。

 一階に入居しているテナントのことだ。

 事前に聞いてはいたのだが、本物を目の前にすると面食らう。


酒匂さこう探偵事務所 兼 管理人事務所』。


 そう、探偵事務所。

 1階が、探偵事務所なのである。

 日々季はインターホンに指を置き、深呼吸した。

 飲食店なら衛生的な不安、修理工場などの技術系店舗なら騒音や匂い。

 想定されるご近所トラブルについてシュミレートしてきた日々季だったが、探偵事務所にまつわるトラブルなど、想像もつかなかった。というよりは、どんなケースを想定しても、「考えた」ではなく「突飛な想像」になってしまうのである。

 連続殺人の謎を解く? 因習に支配された村への旅? 国際スパイ合戦?

 一緒に事件に巻き込まれて、手がかりを探したり探偵にアドバイスしたり?

 ―――もしや探偵助手になっちゃったりして。


 とか考えつつ、いよいよインターホンを押そうとすると、いきなりガラス扉がガラガラっと開いて女の人が顔を出した。


「あのね、その機械、インターホンって言ってね、押すと鳴るのよ」

「……あ……」

 

 日々季は恥ずかしくて、顔から火が出そうになった。

 インターホンの使い方が分からない世間知らずの田舎者だと思われたのである。今どきそんな輩がいるかというと微妙なので京都人ばりの陰湿な嫌味かもしれない。


「わ、わかってますっ! つい考え事をしちゃっただけです!」

「―――冗談よ。真っ赤になっちゃって、かわいいな」


 お姉さんは手に持っていたストップウォッチをカチリと止め、


「3分13秒」

「え、測ってたんですか?」

「探偵事務所に来る人って、みんなインターフォン鳴らすまで時間がかかるのよ。ギリギリまで思いつめているのね。このベルを鳴らして、探偵に相談したら、もう自分は引き返せないって……」


 口調は朗らかで、微笑みも優しかったが、どこか遠くを見るような瞳にただならなぬ「やりて感」を感じ、日々季は身構えた。ゆるくウェーブのかかった黒髪を肩に流し、細かくて気の利いた刺繍の入ったチュニックをゆったりと着こなすナチュラルスタイル。

 ―――自分に芯がある系の、微妙に気難しい人に違いない。偏見が入ったプロファイリングをかましていると、お姉さんは続けた。


「それで、こっちも待ってるの暇だから、インターフォンを鳴らすまでの経過時間と相談の深刻度が比例するかどうか統計を取っているのよ。楽しいわよ、人の逡巡を数値化するの」


 ―――ろくでもない。


「さて、あなたのご相談はなあに?」

「あ、あの……わたし、竹落葉日々季と申します。今日から入居させていただくことになっていまして、つきましては探偵さんじゃなくって、マンション管理人さんにお会いしたいんですが……」

「わたし探偵じゃないわよ?」

「……え?」


 お姉さんは大仰に両手を広げて、言った。


「『花ざくら』の街へようこそ。わたし、この建物の管理人の茶ノ畑幸緒ちゃのはたさちおです。さっちゃんって呼んでね」


 探偵じゃないのに分かったような口聞いてたの?

 と驚きながら、日々季は探偵事務所、兼、管理事務所へ入っていく。

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