1-3 竹落葉日々季、買わされる
『叔父』こと
職業は大学教授で、姓が違うのは婿養子に入ったためだ。
あの写真が撮影された『世田谷区
堅実なおじさんは一棟のマンションを所有している。
日々季の進学と時を同じくして、そのマンションに空室が出た。
固い職業の叔父の庇護下でしっかり勉強をし、家まで世話してもらえる。日々季の両親が東京での新生活を許したのは、そうした好条件のおかげだった。
ところで、世田ヶ谷のおじさんは多忙な人だ。
日々季は遠慮して出迎えを断り、単身で新居に先乗りすることにしていた。
事前にスマホの地図アプリに住所を入力してあるのだが、ほんのちょっと不安だ。
新居の住所を何回入力しても目的地品がドブ川に突き刺さるのである。
グーグルアースで見ると目的地はちゃんと住宅なのだが……。
駐輪場を突っ切ると、さすがに商店が並ぶとおりに出た。もっとも、一戸建ての合間に点々と個人商店が挟まっているような塩梅で、シャッターが降りきった店舗が目立つ。ゆいいつ人の流れがあるのはコンビニとドラッグストアで、駐輪場から出て直ぐの右手に、身を寄せ合うようにしてならんでいる。チェーン店どうし助け合おう、といった風情だ。
ぐるりを見回すと、ちょうどよく交番を見つけた。
「あの、すみませーん」
のぞきこんだが人気がない。
キョロキョロ見回して、デスクのうえに『パトロール中 御用の方はお電話ください』と記されたボードが置かれていることに気がついた。電話をかければ来てくれるようだが、たかだか道案内で、巡回中のおまわりさんを呼び出すのも気が引ける。
そろりそろりと中へ入って、電話を見下ろし思案に暮れていると、
「この辺のオマワリ、呼んでも来ないよ」
ふいに声がかかった。
少し掠れたソプラノは変声期のそれで、振り向いてみると、目深に野球帽をかぶった少年が立っている。
「電話に出ないんだ。交番に誰かがいるのも、見たこと無い」
少年が帽子の庇を上げた。
日々季はドキッとして言葉に詰まった。
美少年だったのである。
ダイヤの原石という表現がしっくりくる。
年格好よりは落ち着いた、いっそふてぶてしいくらい投げやりな態度が似合う、理知的な顔立ちだった。
「なんか困ってんの?」
「あ……えっと、道に迷ってて。
三丁目●●って、ここを真っ直ぐ行くので、合ってる?」
「そんなら首都高沿いに行けばいいよ」
少年はテキパキと、目的地までの道順を諳んじた。いまどき番地を聞いて場所がわかる子供なんていないと思っていたので、日々季は感動を覚える。
「へえ、すごいよ、きみ。私なんか家の住所も言えなかったなあ」
「お姉ちゃん、引っ越しでしょ」
唐突な質問に、日々季はギクリとした。
なぜわかったのか?
思わずキャリーケースの取っ手を握りしめ、それから自分の間抜けぶりに気づいて苦笑いする。この大荷物じゃあ、誰だって状況を当てられる。
「そうだよ。分かりやすいくらいの、おのぼりさんなんだよね」
「おのぼりさん? よくわかんないけど、えっとさ、引越ってさ、『ご挨拶』するん
でしょ? 大家さんやお隣さんに。お蕎麦とかお菓子とか持っていって」
少年は得意げに笑みを浮かべる。自分の賢さを誇示したいのだろう。こういう表情は子供らしく、微笑ましい。それに引越し挨拶について知っているなんて感心―――
「―――あ、お菓子!」
日々季はハタと思い出した。
挨拶の品は荷物になるから現地で買ったほうがいいと両親に忠告され、じゃあ東京駅で買おうかなと思っていたのだが、いま自分は手ぶらだ。
東京駅の人波に気圧され、忘れてしまったのだ。
「…………まいったな」
「あのさ、あそこに、ちょうどいいお菓子屋があるよ」
少年が指差すほうを見れば、こじんまりとした和菓子屋が一戸建てと肩を寄せ合うように佇んでいるではないか。
「少年でかした! まじでいい子だね、きみ」
「おすすめは花ざくら名物『さくら餡パイ』。十二個入りがお値打ちだよ。百円足すとリボンもつけられるよ。『どら焼き三種セット』も売れてるから自分用に買っても良いかもよ」
ほくほく笑顔で財布を取り出そうとしていた日々季は、手を止めた。
少年は愉快そうに微笑みを浮かべている。
日々季は苦笑いで、和菓子屋を指さした。
「……さては、あれ、君んち?」
少年は指を鳴らすと、
「お姉ちゃんも賢いじゃん! 『こがね屋』をご贔屓にね!」
と言いながら走り去っていった。
なかなかのインパクトがある第一村人だったな……と思いながら、日々季は『こがね屋』で『さくら餡パイ』十二個入りを購入した。
「『どら焼き三種セット』も売れてるよ。おひとついかが?」
気の良いおばちゃんに聞いたようなセールストークを受け、観念してそれも買った。
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