1-2 竹落葉日々季、かえりみる

 私の長所は、考えごとが好きなことです。

 中学では演劇部に所属し、裏方として様々な衣装や小道具を作ってきました。限られた素材をやりくりして、なるべく見栄えのよい道具を作るために試行錯誤しました。その結果、部員から『遠くから見たら本物みたい』と驚かれるような小道具をいくつも発明することができました。

 私の短所は、考えすぎるところです。

 長く考えたわりに導き出される結論が平凡なこともあります。しかし、当たり前のことを疑う精神が大きなブレイクスルーを生み出すこともあります。石橋を叩いて渡るとも言いますし、備えあれば憂い無しとも言います。考えない損よりも考える損のほうが軽いのではないかと私は思っています。


 以上、竹落葉日々季たけおちばひびきの高校入試面接における受け答えである。

 この日のことは思い出したくない。

 長所はともかく、短所について考えすぎた。

 本当のところ自分の短所は別にあると思っていたが、本気の短所に向き合いたくないなと思ったばかりに捻り出した珍回答。これが捻り過ぎだった。模擬面接で修正を指示され、もう少し妥当なものを用意して本番にのぞんだ。ところが会場で緊張のあまり記憶が飛び、修正前の珍回答を口走ってしまったのだ。


 混乱に陥った日々季を、さらなる失敗が襲う。

 試験官があることを尋ね、それに対して彼女は、どうしようもない返答をしたのだ。

「志望動機を聞かせてください」

「ええ、その、あー、――――ぴ、ピンと来たからです」


 考え事の好きな人間の答えじゃないじゃんーと日々季は頭を抱え、死んだ落ちた終わった二次募集だと半べそで過ごしていたら、合格通知が届いた。


 本当のことを言ったから、良いことがあったのだろうか?


 ―――というのも。


 ピンときた、というのは、本当に第一の志望動機なのだった。

 切欠は進路調査が始まった日。

 それこそ青天の霹靂へきれきのごとくに見つけた、一枚の写真だった。

 日々季の両親はマメに写真を残すタイプで、パンパンに膨らんだアルバムが何冊も押入れに閉まってある。その日、父親が、小さなときの日々季の写真をフェイスブックのアイコンにしたいと言い出した。チビ時代の写真なら危険もないだろうと、久々に押し入れを捜索し、アルバムを引っ張り出して、思い出を振り返りつつ選定に励んだ。

 そして日々季は見つけたのである。


 きれいな桜がうつった写真だった。

 場所は、どこかの学校の校門前。

 締め切った門扉の向こうに、大きな校舎の一角が見える。

 校門の左右には、満開の桜がずらりと立ち並んでいる。そうとうな樹齢を伺わせる太い幹。空を覆い隠さんばかりの、枝振りの良い花々。

 そして舞い落ちる花びらのただなかに、二歳くらいの日々季を抱いた『叔父』が立っていた。日々季は叔父の腕の中で、緩みきった顔つきをしている。

 カメラは、過ぎゆく一瞬を克明に捉えていた。

 幼い日々季がだらしなく開けた口。はためく叔父のコート。花のあいだを春風が駆け抜ける爽やかな音が耳によぎった。わけもなく大きく息を吸うと、春のにおいが胸いっぱいに広がった気がした。

 誰かが囁いた気がした。

 この場所は、いい。

 この場所は、きっと、とても良いところ。


「お父さん写真」

「んー? おおー公彦きみひこじゃないか。珍しいな。いつ撮ったんだろう」

「お父さん私」

「おうおう」

「進路決めた」

「おうお……え今そういう流れだった?」


 その写真にうつっていたのが、花桜高校はなざくらこうこう

 東京都世田屋区亀ノ子平かめのこだいらに位置する都立高校。

 際立った校風も高名な部活も、名だたる大学への進学実績も、何もない。

 偏差値は四十七。

 どこからどうみても、平凡な高校だった。

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