Thrill,Shock,Suspense リマスタリング盤
ふるさとほっこり村
1-1 竹落葉日々季、考える
駅の出口で仁王立ちの少女がひとり。
初めての街を目の前にして、彼女は立ち尽くしていた。
ぽつぽつと行き来する昇降客をよそに、山のごとく動かなかった。
肩幅に開いた脚は左右どちらもまっすぐ伸びて体軸は安定している。瞳は大きく、やや太いが気持ちよく一筆書きされたような形の良い眉毛が凛々しい。やや強めの春風に長い髪と薄手のロングカーディガンがなびくさまと併せて、なかなかどうして絵になる佇まいだ。
高校入学を期に上京してきた、15歳の少女とは思えない風格があった。
そう、
なぜ彼女が一歩も動かないのかというと、えーとこれを説明すると日々季の風格と名誉に傷がつくので気が進まないのだがまあ明かしてしまうと、
犬のウンコを踏んだのである。
どちらかと言えば顔に出ないタイプなので、その表情は真顔である。真顔どころか口など真一文字に結んで、それがどうしたくらいの澄まし顔をしている。
だがウンコ踏んだ。
ねっちょりと踏んだ。
平気な顔で靴底を確認すると、おろしたてのスニーカーの溝に茶色いのがこびりついている。
ウンコだろうか。ガムかもしれない。でもウンコだろうな。
日々季は顔を上げた。
のどかだ。
行く手には漠然とでかい駐輪場が広がっている。
見渡す限り、まっすぐズラーッと自転車が停まっていて、その向こうは見通せない。とりあえず、直進方向には、カフェとかそういうのの気配はない。
おかしいなあ。
と振り返って駅名を確認したが、目的地に間違いはなかった。
遠い高校に通うため、親類の管理するマンションのお世話になることになった。その、これから三年間住まう街の名前―――
ここは東京なのだ。
日々季は千葉県の沿岸部、そこそこの地方都市で中学の終わりまで過ごした。実は東京に出たことは数えるほどしかない。その数回で抱いた「栄えた東京」のイメージと、この街での風景および体験は、かけ離れすぎていた。
一歩目にしてウンコを踏み。
そして駐輪場しか見えない。
―――そういうものなのだろうか?
日々季は、とりあえず、「考えて」自分を納得させることにした。
まず駐輪場が広いということは、人口が多いということだ。
駐輪場、それは自転車を停めておく用途の敷地。
電車を使う多くの人は―――日々季の父親もそうであったように―――自宅から駅へ向かい、駅から電車に乗って学校や職場なりの目的地へ向かう。駅へ向かうための交通手段の大半は徒歩、または自転車。このうち自転車には、持ち主が戻ってくるまでのあいだ留め置いておく場所が必要となる。だから駐輪場が必要となる。
自転車で駅へ向かう人がいっぱいいる。
つまり、人がいっぱいいる。
人がいっぱいいる街は、少なくとも、さびれてはいないのだ!
ウンコについても説明はつく。おそらく犬のウンコなのだが、駅前にウンコが落ちているということはそれだけ犬を飼っている人口も多いということ、すなわち動物を飼育する余裕がある裕福な世帯が多いことを意味する。意味するに違いない。だから素敵なお店も、ちょっと行けばいっぱい有るに違いない。違いないさ。
日々季は自分なりに納得し、ようやく駅構内から出る気になった。
きっと駐輪場を突っ切ってしまえば!
楽しい場所があるにちがいない!
日々季は気を取り直し、その一歩目を踏み出した。
んでもって何気なく右手に目をやると、なんと。
第二駐輪場がある。
「もうだめだ」
日々季はまた立ち止まり、1400文字かけて未だ話が始まらない。
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