Top of the Mob~モブのための最後の三分~

山野 あか猫

モブ(英:mob)とは「群衆」「十把一絡げ」などを意味する英単語である。


「皆さま、よろしくって?」


 ぽつりと誰かが呟いた。


「抜け駆けは、でしてよ?」


 すると、あちらこちらで小さな失笑が漏れる。


「何を今更」


「心得ているとも」


「むしろそうでなくては」


 貴族の子女たちが通う、貴族学院の卒業パーティプロムパーティの場であった。

 学院を卒業する生徒とその父兄たちの他、教職員と国の要人数名がゲストとして出席する。

 デビュタントの一歩手前に位置付けられており、卒業生たちにとっては正式なお披露目前の予行練習のようなものである。

 特に今年は卒業生の中に王族がいるため、いつにもまして盛大なパーティとなっていた。



 実を言うと、ここは乙女ゲームの中である。

 『Top of the Princess~女の敵は女~』というタイトルの、現在、色んな意味で話題のソーシャルゲームである。

 有り体に言えば、ヒロインが貴族学院に通うイケメンな貴族の子弟を攻略していくという恋愛シミュレーションゲームで、プレイヤー同士の交流が可能であり、数人で協力してイベントを達成し、攻略対象の好感度を上げたり、情報共有が出来るというのがウリであった。

 ところが、サブタイトルに『女の敵は女』とある通り、プレイヤー交流の一環として現実を反映したかのような女同士の足の引っ張り合いも出来てしまうため、常に様々なトコロから大バッシングを受けている。

 にもかかわらず、頻繁に開催されるイベント報酬が良く、ビジュアルが美しい上にバグも少ないことから、従来の乙女ゲームに食傷気味の女子や、一部のマニアの受けが良いために配信が続けられているというワケありのゲームであった。



 で、私たちはそのゲームに登場する、いわゆる群衆モブである。

 キャラクターの個人名なし。もちろんCVもなし。

 台詞は全て文字ばかりで、CVもいないため、クレジットには『生徒1』すら書かれない。

 ビジュアル面ではパターン化された髪型と髪色、輪郭、服装。そして、割と頻繁に省略される顔のパーツ。まるでのっぺらぼうの集団である。

 泣ける。

 何が悲しいかって、モブという立ち位置が、ゲーム外の日々の生活にガッツリ影響してくることである。


 我が家は一応“貴族”ではあるが、爵位も家名も設定されておらず、父は仕事もなく、ボロボロの屋敷に使用人は一人しかいないという貧乏貴族であった。

 家庭菜園で採れた野菜が主な食糧であり、ジャガイモ料理のバリエーションが増えるたびに両親と共に涙で袖を濡らす毎日である。


 ゲームの舞台となった今年は、次期国王である王太子が卒業生の中にいるため、その側近や護衛が学院に出入りしており、未来の側近となるべく重臣の子弟たちも在籍している。ちなみにこれら全てが攻略対象だ。

 ヒロインはゲームが進むにつれて大勢の友人味方庇護者ができて、その中には高官のご令嬢もいたりする。

 それぞれに美麗なビジュアルと豪華声優が宛がわれていて、詳細な身分や生い立ちが設定されており、性格や日常生活に至るまで細かく描かれていた。モブたちとは比ぶべくもない。ちくせう。



 しかし、今回こそは起死回生のチャンスだ!

 事の始まりは、一週間前に校内の掲示板に張り出された運営からのお知らせだった。


【『Top of the Princess~女の敵は女~』続編制作決定!】


 そのお知らせに、画面の外の全モブが湧いた。

 続編が出るということは、もしかしたらモブの誰かがサブキャラとして大抜擢されるかもしれない!

 主要メンバーたちの目に留まれば、彼らの友人又は関係者として引き立ててもらえるかもしれない!

 そしたら名前を付けてもらって、様々な設定ができて、まともな暮らしができるんじゃないか!?

 モブたちは期待と喜びのあまり、踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿保なら踊らにゃ損々♪ と見えないところで踊り狂っている。ちゃっかり編み笠を被っているものまでいる。

 しかし所詮はモブのすること。狂喜乱舞しすぎてチラチラと画面の端に見切れるモブは気づかれもせず、現実世界では運営会社のSNSが大炎上していた。

 それでも多少なりともファンの後押しがあったこともあり、無事に『Top of the Princess~女の敵は女~』は第二弾が製作されることになったのである。



 そして冒頭に戻る。

 今日のモブたちは、ド派手な衣装を着るにとどまらず、頭に大きな鳥の羽を挿してみたり、奇っ怪な仮面を被ってみたり、イミテーション諸バレなアクセサリーを付けてみたりと、けばけばしいことこの上ない。

 何とかして目立とうと頑張った結果、もはや個性を追求しすぎて仮装大会のようになっている。

 どうせモブだから、どれほど着飾っても画面の中では簡略化されてしまうのだからという諦めがどことなく透けて見える。期待して気合を入れたいのか、開き直って諦めるのかどっちなんだろう。


 しかし、何もしなければ貧乏貴族のままである。

 貴族のくせに平民よりも貧しい暮らしを送り、虎の威を借りて平民を見下そうにも威を借りられる虎がいない。

 このままで終わってなるものか。

 (エキス)トラで終らないために(威を借る)トラを探し出すことこそ、我らが生き残る唯一の道である。

 何よりも自分たちのQOL向上のために、ここは親子一丸となって頑張るしかない!


 チャンスは三分間。

 主要人物たちの台詞や動きに合わせてコロコロとアングルが切り替わるため、三分間である。

 その間に自分をアピールし、画面の外のプレイヤーたちに印象付けなければならない。

 この三分間が勝負だ。


 ちなみに、なぜCVもいないのに今、私たちがしゃべれているのかというと、ゲームの最終イベント『卒業パーティ』でのの一部とみなされて、即席で不特定多数の声優たちが付いているからであった。

 キャラクターに対して特に担当も決まっていない為、時々男子生徒が女声でしゃべっていたりする。

 しかし、話せるということはありがたい。

 モブたちは互いを牽制し合いながらも、大声で歌い、奇声を発し、なんとかして画面に映り込もうと必死である。


 おおっと! 男子生徒1が王太子の背後に立った! そのままカメラに向かって渾身のキメ顔! だが彼は仮面を被っていて表情が見えない! 仮面のせいで母親が前日に入念に手入れしてくれたという肌も目立っていない! 残念!!

 おや? あれに見ゆるは女子生徒3! インステ映えする可愛いスイーツを持ってヒロインの取り巻きの令嬢へ差し出した! しかし何ということでしょう、画面には肘から先しか映ってない! 体が見切れてるっ!? 

 ああっ! あそこにいるのはのっぽの女子生徒4ではないか! だがしかし、残念なことに男子生徒数人の盾によってせっかくの高身長が隠れてしまった! いつも自分の背が高いことを嘆いていたのに、ここにきて思わぬ伏兵に妨害されたー!



 残り時間はおよそ一分に迫っていた。

 画面の中は華やかなエンディングシーンだが、画面の外では阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 目立つことに失敗した生徒たちが、悲嘆に暮れながら家では決して食べられない御馳走をやけ食いしている。

 私こと『女子生徒2』も、何とか主要キャラたちの側に行こうとドレスの裾を持ってゆっくりと近づいていった。

 残り三十秒。このわずかなスキに、何とかして滑り込んでやる!

 そして見事プレイヤーたちの印象に残り、サブキャラに昇進してやる! 見事成功すれば明日はふかふかの白パンで晩餐だ! これでやっと両親に孝行ができる(泣)

 内心で涙ぐみながらも、意を決してヒロインに声をかけようとしたその時だった。

 私の横を、別の女子生徒がすり抜けていった。


 ん? あれは女子生徒5ではないか。

 けたたましい格好のモブたちの中で、家庭の財政の都合でやむなくいつも通りの地味な格好をして参加した子だ。

 あまりに地味なので可哀そうに思った友人たちが、自分たちのアクセサリーや化粧道具を少しづつ分けてあげたほどである。


 その女子生徒5がそっとヒロインの前に立ち、在学中の思い出話をする振りをして可愛らしく微笑んだ! あざとい! 小首をかしげたその角度がずるい! 地味なくせに今はそれが逆にイイ!! 地味故にお邪魔虫要員も完全にノーマークだった!! いかん! 今こっそり上目遣いで視線を向けた相手は王太子の取り巻きの一人だぁーーー!!!!



 現実世界でのできごとやレビューなどは、ゲームの中でしか生きられない私たちには詳細は知りようがない。

 しかし後日、『Top of the Princess~女の敵は女~』の続編として『Top of the Princess Part2~女に涙は似合わない~』が発表され、同時に数人の新キャラクターも発表された。

 かつて『女子生徒5』とクレジットされたモブには『アンジェリカ』という名前と『男爵令嬢』という身分が与えられ、新しいビジュアルとCVが付けられたのである。


「あら、まあ、皆さま。ごめんあそばせ」


 運営からの『お知らせ』を聞いて、彼女は微笑みながら小首をかしげる。

 その他のモブたちは、ギリギリと音を立てて爪やハンカチを噛みしめていた。

 特に彼女の友人たちは敵に塩を送った結果となり、地団太を踏んで悔しがっている。


「お忘れではありませんこと? “女の敵は女”でしてよ」


 その言葉に、一同が一瞬にして凍り付いた。

 ということは、当日の彼女の地味な格好はワザとだったのか?

 地味な装いで周囲の同情を買い、アクセサリーを奪い取ることで相手を落とし自分を上げたのか!?

 忘れていたわけではない。しかし、まさかモブにまでが適応されるとはっ。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 そう言って不敵に笑った女子生徒5改めアンジェリカは、新たに手に入れた金の巻き毛を揺らしながら颯爽と立ち去っていった。

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