俺より可愛い奴なんていません。3-31


立花 葵(たちばな あおい)が上に羽織っていた黒いローブを脱ぎ捨てると、葵のコーディネートが顕になった。


葵のコーディネートが披露されると、当然のように会場には評価をするような歓声があがり、ザワザワといい意味で会場を沸かした。


「な、何あれ……。超大人っぽい…………」


「ねッ! 凄いカッコイイぃ〜……」


葵のコーディネートは、女子達に好評で、可愛いという評価よりも、大人っぽい、落ち着いた美しさを評価されていた。


葵は更に堂々と振る舞い、舞台の端へ1本踏み出し、カツンと甲高い独特な靴音を慣らし、胸を張ってアピールした。


その姿はさながら、ファッションモデルといっても過言では無かった。


葵の服装は、露出を抑えており、何よりも特徴的なのは、足元がうっすらと見えるほどに伸びた長い黒い艶やかなロングスカートが印象的なファッションだった。


上には白いチュニックを着用し、首元はふわふわとした花柄のような装飾がなされており、少しだらりと下がって、首元を見せるように隙間が空いており、腰の少し上の辺りで、チュニックの下の部分は下のロングスカートの中に仕舞われていた。


白のチュニックの上には、紺色をしたデニム生地の丈が少し短めのジャケットが羽織られており、袖に腕を通すことなく、ただ両肩に掛けるようにして、簡単に羽織っていた。


チュニックが腰の上あたりに仕舞われているのと、入場してから何度も鳴らせている甲高い足音を立てる、ハイヒールによって、背の低い方である葵だったが、舞台では大きく見えていた。


メイクも可愛いというよりは、美しく見せるようなメイクを施されており、ふわふわとした天使のような美しさというよりは、鋭く暴力的な、見ている人間を従わせるような美しさだった。


葵のコーディネートは、美しさだけでなく、かなり理にかなったもので、男である限り、露出はあまり避けたく、スタイルの良い葵だったが、それでも女性らしい独特な丸みを帯びた体のラインを出すことは出来なかった。


腰周りの締まったラインだけを出し、上はジャケットを少し羽織ることによって、男性らしいごつい肩幅を消していた。


葵の考えたこのコーディネートは、好評で葵の細かい意図に気付かずともその見た目だけでも評価されていた。


「なんか、雑誌とかで載ってそうだよね〜……」


「ねッ! ちょっと私よりも私服センスあって、見ててちょっと萎えるかも…………」


「あれ、ホントに立花かよ……。 女にしか見えねぇぞ?」


「だよな? もう、あれが女じゃなければ、俺はもう街中で何を信じていいか分かっねぇよ……」


葵の衣装の発表で、男女共にそれぞれ感想を漏らしていた。


「い、いやぁ〜……、た、立花君……予想以上ですね…………」


大貫(おおぬき)にとっても初お披露目だったため驚き、本来ならば声を上げ、会場を更に盛り上げる役目であった、それをする事も忘れて、素直に感心した感想を漏らしていた。


会場は盛り上がる事は盛り上がっていたが、どちらかと言えば、葵のあまりの完成度の高い女装に会場が戸惑っているという印象があった。


(これじゃ、隠し芸発表みたいだな……。別に感心されたい訳じゃないし…………)


「はぁ…………、あれ、やるか……」


葵は会場の盛り上がり方に納得がいかず、ため息を1つ吐いた後、ある行動を起こすことを決意し、会場を見渡し、『ソレ』を行う方向を探した。


(あそこだな…………)


葵は会場を見渡し、ある1箇所を見つけると、悪戯っぽくニヤッと笑った後、そちら側に体を向けた。


そして、葵は決意を固め、『ソレ』を行った。


葵がパフォーマンスとして、行動を起こすと、会場がドワッと大きく盛り上がった。


主に男子が「オォ〜ッ!!」と声を上げ、歓喜を示し、女子生徒も中には「キャ〜ッ!!」と悲鳴に近いような歓声を上げていた。


葵は会場を見渡し、会場の中で男子生徒が1番多く密集している所に目星を付け、そこに向かって両手を腰に当て、体を少しくの字にくのらせるようにして立ち、笑顔でパッチリと可愛らしくウィンクをかました。


登場から今まで、一貫として大人びた印象を会場に植え付けた所に、少し子供っぽい、愛らしい仕草をした事で、そのギャップに多くの生徒たちがやられていた。


葵の起こした行動は大成功だった。


会場は一気、ビックリショーから本来の美しさを評価するミスコンの雰囲気に戻った。


「ヤバい!! 超イイッ!!」


「た、立花って、普段めちゃくちゃ冷たくて感じ悪い奴だよねッ!? ホント、アイツ誰だよぉ〜…………」


「お、俺……もう……投票、立花でいいかも…………」


「ば、バカっ! 惑わされるなッ!! 男だぞッ!?」


会場は大きく盛り上がっていた。


会場で右往左往と周りと感想を漏らしながら混乱している会場を見て、葵は再び機嫌が良くなっていった。


葵のしたウィンクの方法には、山田(やまだ)や中島(なかじま)、大和(やまと)もおり、大和は違ったが、山田と中島は確実に葵の美貌に撃沈していた。


葵はその後も歓声を浴びつつげ、数分の間、大貫と簡単なやり取りを終え、発表を終えた。


葵が舞台から退場する際も、会場からは大きな拍手と歓声を浴びていた。


◇ ◇ ◇


「いやぁ〜……笑った…………。久しぶりにゲラゲラ笑ったわ〜……」


葵の発表から興奮冷めやらぬ会場の中、立花 蘭(たちばな らん)は目元に溜まった涙を拭うようにして感想を漏らしていた。


「我が弟ながら、ホントアホだわ〜……。男なのにミスコンに本気過ぎ!!」


蘭は話しているうちに葵の発表を思い出したのか、再び笑い始めていた。


「せ、先輩の弟さんってホントに凄いんですね…………。私、あぁゆうのニューハーフの大会とかで見た事ありますよ……、ちょっと女装の次元が学生祭レベルじゃ無いですよ……」


ケラケラと笑う蘭の隣で、一緒に舞台を見ていた結(ゆい)は、未だに度肝を抜かれた様子で、感想を漏らしていた。


「当たり前ですよ。兄の女装なんですから、次元が違って当然です……。

はぁ、こんな風になるから女装をやめて欲しいのに…………」


結の感想に同じく共に舞台を見ていた椿(つばき)が、胸を張って答えた後、椿は、葵がここまで評価されていることに、不満に思っているように呟いた。


「これはちょっと、順位も分かんないかもね〜……。最後にあのインパクトのある発表だったし……。

まぁ、男子の表がどういくかかな〜……。葵が票を取るとしたら案外女子達からの方が多そうだし……」


ひとしきり笑い終えた蘭が、今度は真面目に考察するように、結果発表の予想をし始めた。


「じょ、女子の票…………?」


蘭の声に反応するように、椿は暗い表情を浮かべ、冷たい声で呟いた。


椿のその態度は不満しか無いと言ったような様子だった。


「そうですね。入るとしたら女子でしょうね。男子は意地でも入れたく無いでしょうし……。

さっき、隣で話していた男子生徒と思われる子が、立花君に入れたら大切な何かを失いそうな気がするとか言ってましたし……」


「アハハハッ!! そりゃそうかも!」


結が真面目に応えると、蘭は少しバカにしたように笑い声を上げ、反応した。


「それに、葵は学校の女子達からあまり良く思われてないって聞いたし、結構厳しいかもね〜……。

となると、優勝候補は……。いや、結も居るしここでは止めとくかッ!」


「え!? そ、そこまで言ってお預けなんですかッ!? 今回、私も自信あるんですよ?」


結も先輩で、経験のある蘭の意見は貴重なのか、結も自信があるとはいっても、蘭の順位の予想はアテになるため聞いておきたかった。


「まッ、結果を待ちましょ!」


蘭はニコッと微笑みながらそう言うと、順位の予想の話を切り上げた。


◇ ◇ ◇


葵の舞台が終わり、葵は舞台裏へと戻ると、そこには美雪(みゆき)や綾(あや)、紗枝(さえ)の姿があった。


葵が戻るなり、3人の顔を見ると、3人はそれぞれ目を輝かせ、少し興奮した面持ちで、今にも葵に何かを話したいといったような様子だった。


「よぉ……、どうだったよ? 俺の女装は……」


葵は美雪達の顔を見ながら、したり顔で自慢するように話しかけた。


「す、凄いですッ!!」

「立花君って……意外とあぁいった行動取るんだね……」

「な、なんかッ、ムカつくッ!!」


葵が話しかけると3人はそれぞれの感想を漏らし、反応した。


葵の女装を知っており、何度も見た事がある美雪は何故か3人の中で1番興奮しており、紗枝は葵の舞台での振る舞いが意外だったのか、少し恥ずかしそうに頬を少し赤く染め、呟いていた。


そして、綾は葵のしたり顔と、非の打ち所の無い発表に何も文句が言えない事に不満から少し苛立った様子で、葵に答えていた。


「まぁ、当然の結果だな……。はぁ〜……すげぇ気分良かった」


「歪み過ぎてて何も言えんわ…………」


3人の反応を見て、葵は更に気分が良くなったのか、清々しい表情で、舞台での発表を思い出すようにしながら、嫌味ったらしく答えた。


葵のそんな反応に、綾は呆れたように呟き、紗枝も美雪も何も言わなかったが、苦笑いを浮かべていた。


「俺の優勝は揺るぎないなコレは…………」


「はぁッ!? ちょっと待てやッ! まだ決まったわけじゃないし……私を倒しても、紗枝と美雪がいるからなッ!!」


「いや、そこは自分の名前を出して対抗しろよ…………。

――――さてっと……、これから集計か……。悪いな、俺の女装の感想をたっぷり聞きたいとこだったけど、仕事があるからもう行かないと…………」


綾に反応した後、葵は少し名残惜しそうに、この後控える、自分の業務の事を思い出し、3人にそれを伝えた。


「え? もう、行くの??」


「人手が足りないからな……。特にここからが1番忙しいしな。

それに、集計しながら、俺の女装をアピールできる……。」


葵の言葉に、紗枝は寂しそうに声を上げ、葵に問うと、葵は、淡々とした様子で答えた。


葵の答えに綾が「きったねぇ〜……」と呟いていたが、葵は知ったこっちゃ無かった。


「それじゃ、また後でな!」


普段、こんな清々しいしく別れの挨拶など言わない葵だったが、舞台に上がったことで、興奮し、未だに興奮が冷めていないのか、3人に別れの挨拶を軽く伝えた。


葵の問いかけに、3人はそれぞれに返事を返し、3人の返事を確認すると、葵はその場から離れていった。


離れていく葵の後ろ姿を見て、綾は感慨深そうに、呟き始めた。


「女装をするとここまで人が変わるとは…………。

普段のあの素っ気ない感じは微塵も感じないね……」


綾の問いかけに、紗枝は苦笑いを浮かべていたが、美雪は綾の言ったことが引っかかった。


「素っ気ないですかね?? 立花さん、いつもあんな感じじゃないですか?」


「えぇ〜? 普段は超感じ悪いよ〜。美雪は優しいから、そんなふうに思えるだけで……」


「はぁ〜、そうなんですかね…………」


綾の言葉に美雪はまだピンと来ていなかったが、綾の話に合わせるように呟き答えた。


「まぁ、癇に障るけど、やっぱり綺麗は綺麗だったね……」


「うん……。カッコよかった…………」


綾は少し悔しそうに呟くと、紗枝は少ししみじみと答えた。


「カッコイイ? あ、まぁ……、可愛いと言うよりはそっち系かもね。

でも、綺麗じゃないの?」


綾は紗枝の答え方が少し意外だったのか、不思議そうに紗枝に問いかけた。


しかし、綾の問いかけは聞こえていないのか、紗枝は離れていく葵の後ろ姿を見つめたまま、ぼぉっとしていた。


「紗枝?」


「ん? え……、あ、あぁッ! た、確かに、綺麗だったね!!」


紗枝の様子を不審に思った綾は、再び問いかけると、紗枝は慌てて反応し、綾の意見を肯定した。


綾は少し紗枝の様子が変だったが、特に気にする事は無かった。

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