俺より可愛い奴なんていません。3-29


「やったねッ!! 美雪(みゆき)ッ!! 大盛況だよ!!!」


橋本 美雪(はしもと みゆき)が自分の発表を終え、舞台裏へと戻ってくると笑顔で興奮気味に加藤 綾(かとう あや)が出迎えてくれた。


「はいッ! でも、凄い緊張しましたぁ〜…………」


自らの元に笑顔で駆けつけてくれた綾に、美雪も笑顔で答えた後、友人の顔を見て、やっと気が抜けたのか、息を大きく吐くように安堵した様子で感想を漏らした。


綾と一緒に近くにいた立花 葵(たちばな あおい)は、美雪を見て、少し会場の熱に当てられたのか、興奮しており、顔が少し赤く染まっているのが分かった。


何度か美雪に接したりしていた事で葵は、美雪がこういったピンチ事や、大きく緊張したりする場に立たされるとアドレナリンが出るのか、興奮していつもよりも饒舌に声も少し大きくなる事を知っていた。


「まぁ、落ち着いてゆっくり休め……」


葵は舞台裏に帰ってきた美雪を少し落ち着かせるために、遠回しに労うように一言、言葉を掛け、葵の意見に賛同するように隣にいた二宮 紗枝(にのみや さえ)は首を縦に何度も振っていた。


「はいッ……そうしますッ」


葵が落ち着かせるように言った言葉も上手く効果が見られず、少し息遣いを荒くしながら、キッパリと答えた。


(こいつ……分かってねぇな…………)


葵は、美雪の返答で自分の伝えたい事が、伝わってないと分かると内心、諦めた様子で呟いた。


美雪が登場した事により、会場は盛り上がり、彼女が退場した今、もう会場は「お腹いっぱい」と、満足したと言わんばかりに、所々で感想会が開かれていた。


そんな会場が気になった葵は、舞台裏から会場にいる観客達を不満そうに見つめていると、図太い綾がそれに気づき、ニヤニヤとからかうように笑っていた。


「なんだなんだ〜……。今まで俺より可愛い奴なんていないとか大口叩いてたのに、急に不安になったのか〜??」


「……はッ? そんなわけねぇだろ……」


綾のニヤニヤと小馬鹿にしたような態度に、葵はイラッとして、強く否定するように答えたが、その言葉とは裏腹に、内心では少し不安を感じていた。


(確かに橋本の発表はヤバかった…………。最後の最後にやってくれたって感じだよ全く……。

それに、俺はもう最初から男子だってバレてるしなぁ〜……。本気で負けるかもしれん)


いつも強気で、基本的に女性があまり好きでない葵にとって、葵の自信のある美で負ける事は、屈辱的であった。


「またまたぁ〜……。そうやって強がっちゃってぇ〜ッ!」


「……チッ……。お前にだけは負けねぇ……」


いつも葵にバカにされる綾は、ここぞとばかりに葵を煽り、葵も普段のあのふてぶてしい態度が取れず、この場に置いては分が悪かった。


「立花さんッ!!」


綾と葵が言い争っていると、先程、舞台から戻ってきたばかりで、未だに興奮が冷めていない美雪が葵に呼びかけた。


葵の最後の言葉に綾は「なんだとぉ〜ッ!!」と叫びながら怒りを表していたが、そんな綾を無視し、葵は強く呼びかけられた美雪の方へと視線を移した。


「どうした?」


葵は不思議そうに、興奮しているのが目に見てわかる美雪を少し心配そうに見つめ、尋ねた。


葵の問いかけに、美雪は何か言いたげな様子で少し間モジモジとしながら、言い淀んでいた。


普段の葵ならば、女性のそんな態度にイライラしたのかもしれなかったが、美雪の言葉が気になる葵は、美雪の言葉をじっと黙り込み、次の言葉を待った。


「あ……あのッ!!」


美雪が意を決して何かを言いかけようとしたその瞬間、美雪の言葉を遮るようにして、舞台に立つ大貫(おおぬき)の声が美雪の言葉を遮った。


「さぁッ!! お次の参加者はなんとッ!!! 男性ですッ!」


ここまでミスコンを盛り上げてきた大貫の最後の盛り上げの声に、葵は美雪から舞台の大貫に視線を移した。


「出番か……」


葵は、そう一言小さく呟くと、別れを告げるため、美雪達の方へと再び振り返った。


「それじゃ、行ってくる…………。見てろよ? 今までで1番の歓声を見せてやる」


葵は、今までの発表で満足し、いまいち盛り上がりに欠ける会場の雰囲気を感じていたが、大貫の盛り上げようとした声につられたように葵の放った声と表情にはやる気が満ち溢れていた。


「恥かいたら、慰めだけはしたあげるよ〜」


「あ、綾ッ! 立花君。頑張って! 私もあんなに歓声貰えたんだし、きっと立花君も大丈夫だよ!!」


先程の葵の失礼な一言に反撃するように、綾はニヤニヤとしながら茶化すように葵の言葉に答え、そんな綾を注意するように紗枝は制した後、葵の事を気遣うようにしてエールを送った。


綾の言葉に、葵は再びイラッとしたが、紗枝の一言で何とか平穏な気持ちと自信を取り戻した。


そんな言葉を送ってくれた2人に視線を向けた後、葵は最後に先程何かを言いかけていた美雪に視線を振った。


「わッ……え、えっと…………。た、立花さんならッ! きっと大丈夫ですよ!!」


「お……、おぅ……。」


葵に視線を向けられた美雪は何故か少し焦ったように言葉を漏らした後、少し考え込むようにして時間を開け、普通の答えを返した。


美雪の妙な間からの、なんの変哲もない答えに、葵は少し動揺しながら答え、美雪の様子からこれ以上の言葉が無いのだと分かると美雪から視線を切った。


そして、大貫の紹介に導かれるようにして、葵は舞台へと向かっていった。


◇ ◇ ◇ ◇


会場では、もう満足といった空気が流れていた。


数時間に渡り、様々な格好をした女性を見続け、それぞれが個性があり、人によっては長い時間でもあったが、飽きさせる事はなかった。


最後の1人の発表を残し、会場の至る所では既に感想戦が行われていた。


「ねぇねぇ……誰に投票する?」


「私は、初めに登場したあの派手なギャルっぽい子かな〜……。 えっとぉ……佐々木(ささき)って娘〜……」


「お前、誰が1番良かったよ??」


「いやぁ、やっぱり学園のマドンナ、2-Bの二宮 紗枝(にのみや さえ)ちゃんだろ〜ッ! 別格だったろ!!」


「はぁ〜?? 2-Bでいったら二宮さんの友人でもある、加藤 綾(かとう あや)さんだろッ!! あのチアガールにはやられたッ!!!」


女子と男子では少し投票の選出が違うらしく、女子生徒は基本的に、ファッションやメイクなどで選ぶ風潮があり、男子生徒は自分の好みや直感から来る選び方が多かった。


そんなザワザワと楽しげに盛り上がる会場の中、途中からミスコンを見ていた神崎 大和(かんざき やまと)達もまた周りと同じように感想を仲間と言い合っていた。


「山田(やまだ)……、お前はどう思った……?」


「途中からだから、最後の数人しか見れてなかったけど、やっぱり二宮さんだろ…………」


深刻な問題を話すような重い口調で、大和は隣にいた山田へと話題を振ると、山田もまた重々しい雰囲気で答えた。


「中島(なかじま)はどう思う?」


山田の意見を聞き、今度はおなじく一緒に見ていた中島に話を振り、意見を求めた。


「う〜んと……確かに二宮さんは期待通り凄かったけど……、やっぱり1番驚いたのは、橋本さんかな…………。

普段大人しいから、あんなに舞台上で堂々とした振る舞いをした事に驚いたし、何よりめちゃくちゃ可愛かった…………」


中島は深く考え込むようにして答え、最後には橋本の舞台での様子を思い出すように、少しうっとりとした表情で答えた。


「中島……、今のお前の表情、めちゃくちゃ気持ち悪いぞ……?」


「なッ……! しょうがねぇだろ!! とゆうか、そうゆうコンテストだろ!」


大和は話を振った手前、こんな事を言うのは失礼だと思ったりもしたが、中島の答える様子に口を出さずには居られなかった。


気持ち悪いと言われ、思いふけっていた中島は、急に現実世界に戻されたように我に返り、真剣な表情で大和に抗議していた。


「だいたい、そうゆうお前はどうなんだよッ……」


大和に不快に思われたのが気になったのか、中島は問い詰めるようにして、大和に質問した。


「は? 俺か? 俺は…………5人しか見れてないけど、みんな可愛いかったは可愛かったんだけどなぁ〜……。

正直、今は新しく出来た彼女以外あんまし…………」


かなりのレベルの高さで、行われているミスコンだったが、大和は何処か物足りなさそうに答えた後、本人はそこまで深く考えてはいなかったが、彼女のいない2人に嫌味っぽく答えた。


大和の発言に中島と山田は、腸が煮えくり返る程の怒りを感じ、更になんとも無さそうに答える態度に、余計腹が立ったが、じっと体に力を入れ、堪えていた。


「ま……、まぁ? まだ1人発表が終わってねぇしなッ!! それ見てからでもいいだろ!」


「だッ……だよなぁ……。そう結論付けるのもちょっと早いよなぁ〜……」


鈍い大和は感じなかったが、山田の発言は何処か怒りを隠せていなく、所々で自分の中の怒りを無理やり沈めるように力の籠った声で発言しており、山田が怒りを必死に押さえ込みながら発言しているのを見て、中島も、山田に乗っかるようにして話を合わせ答えた。


「う〜ん……、そう言われてもなぁ…………」


山田と中島の怒りを抑え込む努力も虚しく、大和は空気の読めない一言を呟き、山田が我慢出来ずに舌打ちを漏らしていた。


「や、山田ッ……!! お、抑えろッ……抑えるんだッ……!!」


なんとも言えない表情を浮かべる山田を、中島は小声で制し、今にも飛びかかりそうな山田を抑えていた。


「お……、おぅ……すまん……。怒りでどうにかなってしまいそうだった…………。

昨日まで、俺と同じ立場だった非モテの男がこうなってしまうと、ここまでおかしくなるとは…………」


中島の呼び掛けに、まだ少しの理性が残っていたのか山田は正気を取り戻していた。


「俺もびっくりだよ……。

裏切られた友人がここまで狂人になるなんて…………」


中島は、山田に皮肉っぽく答えたが、今の山田にはそんな皮肉が気にならないほどに、大和の事で頭がいっぱいだった。


山田が落ち着きを取り戻した事で、中島は一安心し、話題を少し変えて話し始めた。


「そ、そういえば、立花も参加してるって話だよな??

どうなったんだろうな? あの自信だったけど、この女子のレベルの高さだったら、結構キツイよな??」


「そうだな……。すげぇ恥かくだろうな。いつもクールで自信家のアイツが恥をかくのはちょっと見てみたい気もするけどな……

大和は、アイツの女装見た事あんのか?」


中島の問いかけに、山田は落ち着いて答えていたが、途中、友人の不幸を見たがっていた発言をしたあたりで、中島はまだ完全には正気に戻ってない事を確信していた。


「いや、本当に初めて聞いた。

あいつがあんなに女装に対して自信があるのかも、なんでか全然分かんない」


1番葵と親しい大和に山田が話を振ると、大和も葵の女装など初めて聞いたため、どうなるのかまるで想像出来なかった。


「まぁ、どんなに凄くても所詮は男だしな。

それが分かってる時点で俺たち男にとっては、無いよな……」


中島がそう最後に締めくくると2人も同じ意見だったのか、首を縦に振り、中島の意見を肯定した。


3人が話す中でそう結論付けると、司会で舞台に立つ大貫(おおぬき)がここぞとばかりの大声を上げた。


「さぁッ!! お次の参加者はなんとッ!!! 男性ですッ!」


大貫の大声にそれを聞いた会場はざわつき、大和達にはその人物に心当たりが物凄くあり、嫌な予感が過ぎった。


「ま、まさか…………」


途中から見物している3人にとっては、最悪な人の登場が脳内によぎり、中島は思わず声を漏らした。


「2-B組ッ!! 立花 葵さんの登場だぁ〜ッ!!!」


中島の声に答えるように大貫が答えるようにして、大きく宣言し、大和達の予感がアタリ、現実のものとなった。


大貫の登場を呼びかけるような、そんな紹介に少しの間が空いてから、舞台袖からその人物は姿を現した。


「や、やっぱりなのか…………。ん? んん??」


舞台袖から姿を現したのが、葵だと分かると山田は一瞬、悲しげに呟いたが、葵の顔をよく見て、不思議そうに声を上げ、目を何度も擦っては、舞台を何度も見直していた。


山田だけでなく、他の生徒たちも同じように何度も舞台を見直したり、ポカンと口を開け、呆然としている生徒たちもいた。


隣にいた中島や大和も同様に、目の前の現象が上手く理解出来ていないのか、ただ呆然と舞台を見つめていた。


会場には今までは考えられない程の静かな時間が流れ、葵の「コツ」と甲高い、独特な靴音だけが響き渡っていた。


そして、葵が舞台の真ん中まで来て、今までどの女子生徒よりも堂々とした振る舞いで、胸を張り、「どうだ」と言わんばかりの態度を取った。


その瞬間、止まっていた時間が動き出すように、会場に大きな歓声が巻き上がった。

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