俺より可愛い奴なんていません。3-28


桜祭 ミスコンが行われる中。


舞台裏にいた、二宮 紗枝(にのみや さえ)と加藤 綾(かとう あや)は、立花 葵(たちばな あおい)の急な提案により、驚いた表情のまま、沈黙していた。


紗枝と綾が沈黙した事で、3人の間には静かな時間が流れていた。


葵は何ともない様子で、逆に驚きの表情を浮かべる2人を不思議に見つめ、何をそんなに驚くことがあるのか不思議でしょうがなかった。


そんな中、ようやく沈黙を破るようにして、綾が話し始めた。


「えッ?? ほんと、どういう心境の変化??」


ようやく破られた沈黙だったが、発せられた言葉はマヌケた答えだった。


「いや、別に……心境も何も無いぞ? 普通に困ってるなら力を貸すって話……」

(まぁ……、今回のミスコンの件で、やれる事はやったけどやっぱり納得いかなかった部分も色々あるしな……)


葵は何ともないように、とぼけた様子で答えたが、内心では、紗枝に舞台で衣装の着替えをさせて発表した事に少し負い目を感じていた。

プロの舞台ならまだしも、紗枝は素人、それに、今回は葵がミスコンを企画する立場で、紗枝には出場をお願いし、出てもらっている立場であった。


結果的に、歓声は多く、それなりに評価して貰えた発表だったのかもしれないが、やはり、紗枝に対しての負担が大きかった。


「それで? どうする? 二宮……」


葵は、未だに驚いた表情のまま固まる紗枝に呼びかけるようにして、話しかけた。


すると、紗枝は「え……?」っと小さく声を上げ、我に返り、再び少しの間、今度は何かを考えるようにして黙り込むと、小さく答え始めた。


「え、えぇ〜と……それじゃぁ…………、お願い……しよう……かな…………?」


紗枝は、恥ずかしそうに小声で、葵の申し出を受ける旨を伝えた。


紗枝のそんな反応に、隣にいた綾は再びギョッとした表情を浮かべ、驚きの余り言葉が出てきていなかった。


「分かった……。それじゃあ、暇な時適当に声掛けてくれ……」


葵は恥ずかしそうに話す紗枝とは対照的に、落ち着いた普段の口調で何ともないように答えると、視線を紗枝から舞台に立つ美雪の方へと向けていった。


「そろそろ、衣装の発表だな…………」


葵はマイペースに、綾や紗枝を置き去りにするかのように呟き、美雪の発表に集中した。


紗枝はまだ少し恥ずかしそうにしており、そんな紗枝と先程のツッコミどころ満載の会話に付いて、一言二言、言いたい事があったが、タイミングを逃し、渋々、綾も舞台の方へと視線を向けた。


綾は舞台へと視線を向けると、葵の言った通り、そろそろ衣装を発表する雰囲気が流れていた。


リハーサル通りに進んでおり、この流れならば、後2~3個の質問を終えて、大貫(おおぬき)の紹介と共に、美雪が羽織る黒いローブを脱ぎ捨てるという予定だった。


会場は、程よく温まっており、美雪の衣装をまだかまだかと待ち望んでいるのが、舞台裏にいてもよく分かった。


そして、遂に予定通り、大貫が質問を美雪にする流れを2度繰り返すと、その時がやって来た。


「なるほどぉ〜……、橋本(はしもと)さんは、そんなご趣味がお有りなんですね〜……。

まぁ、質問はこの辺にしまして……そろそろ、会場の早く見せろオーラが凄いんでね! 発表して貰いましょうッ!!」


大貫がそう言い放つと、会場の雰囲気がザワついた。


「それでは、お願いしますッ!!!」


大貫が高らかに宣言すると、美雪はリハーサル通りに、一気黒いロー

ブを脱ぎ捨てた。


黒いローブから露になった美雪の衣装は、会場にいる全員の目を釘付けにし、舞台裏にいた葵達もまた、美雪から目を離さなかった。


美雪が衣装を見せた事により、会場は大きく盛り上がった。

しかし、大きく会場は湧いたが、今までの歓声とワァッと盛り上がる歓声と少し違った。


舞台裏にいる女生徒達も美雪の姿を見て、目を輝かせ、憧れを感じているようなそんな明るい声で、次々に小さく呟くようにして上げる歓声が多かった。


紗枝の発表の時にもその歓声はあったが、美雪はそれ以上に、女子生徒すらも虜にするほどの美貌を振舞っていた。


そんな、雰囲気の中、葵は驚いた表情で美雪の衣装を見つめていた。


「まさか……、あれって…………」


隣いる綾や紗枝も、美雪の出来栄えに歓声を上げていたが、その中で葵だけ、他の生徒たちと反応が異なっていた。


葵は、美雪の纏う衣装を知っていた。


美雪は上にカーキ色をした薄い生地のロングシャツワンピースを羽織り、ロングシャツによってはだけた所からは、下に着た白いVネックのTシャツが見えており、下は紺色のジーンズを履いていた。


風がそよぐようにして、流れると美雪の薄い生地のそれが、フワリと優しくなびいていた。


派手な色は無く、落ち着いた色で構成されたそのコーディネートは、美雪の魅力をありったけに引き立てていた。

そんな衣装を纏いながらも、メイクにより上品見え、少し濃いめに仕上げたそのメイクにより、美雪をより色っぽく、大人っぽく仕上げていた。


何よりも印象的だったのは、真っ赤に塗られた艶やかな唇だった。

衣装が落ち着いた雰囲気で、派手な色をあまり使われていなかったため、余計にその唇が映えて見え、印象的だった。


「姉貴の奴……、なんで椿のあの衣装を…………。とゆうか、今はそれよりも……」


葵は、舞台で堂々とした様子で立ち尽くす美雪から目が離せず、一度に色んな情報が入ってきた事により、頭の中で上手く整理が出来なかった。

しかし、そんな色んな情報の中でも何より、インパクトが強かったのは美雪がここまで化けるとは思っても見なかった事だった。


葵は、様々な疑問を一度保留にし、ただ、目の前に映る美しい女性の事だけを純粋に考えた。


美雪の衣装を見た会場の観覧者達も次々に美雪に対して、感想の言葉を上げており、舞台の前列に並ぶ何人かの感想が葵の耳にも入ってきた。


「や、ヤバいだろ……。ほんとにウチの学校の生徒かよ……、こんな美人いたか??」

「いや、絶対学外だって…………」


「綺麗…………」

「ねぇ。今までの発表の中で1番上品かもしれないね……」


男子生徒は舞台に立つ女子生徒が一体誰なのかで盛り上がっており、女子生徒は舞台に立つ者の容姿に目を奪われ、ただ称賛の言葉を述べていた。


「美雪、凄い綺麗だね……」

「うん。普段の制服姿しか見た事ないし、凄い新鮮……。

メイクも、美人なのは知ってるけど、ここまで変わるなんて…………」


葵の隣に立ち、一緒に会場を見ていた綾と紗枝も、まるで美しい芸術品を見て、感動するかのように、呟くように感想を述べていた。


特に美に厳しい、いつもの葵ならば、そんな2人の反応は大袈裟だと馬鹿にしたかもしれないが、今の美雪をそんな風に褒める事は大袈裟だとは微塵も思わなかった。


(こんなに、変わんのかよ…………。元は自分から吹っかけた勝負だけど……これは…………)


色々と遠回りをしたが、本来、幾度となく感じた美雪の魅力を最大限に引き出させ、この舞台で自分の美を持って、正面から勝負するつもりだったが、葵は圧巻とも言える、今の美雪出来栄えにぐうの音も出なかった。


(まぁ、俺の目は正しかったと思えば……ッ)


葵は半分諦めた様子で、舞台に立つ美雪を舞台裏で見ていると不意に、美雪がこちらに振り返った。


美雪が急に振り返った事で葵は驚き、そんな葵とは裏腹に、隣に立つ綾と紗枝は、美雪に向かって称賛を送るように彼女の名前を叫んで手を振っていた。


その瞬間だった。


美雪は、友人である2人の称賛に満面の笑みで、ニッコリと微笑み、その大人っぽいには似つかわない、可愛らしいピースサインを送っていた。


美雪が反応した事で綾と紗枝は、奇声にも似た歓声を上げ、手を小刻みに振り喜んだ。


綾と紗枝が騒ぐ中、葵はそれどころではなかった。


美雪の振り返った満面の笑みを見た瞬間に、体に異変が起こっていた。


(なんだこれ……、急に…………)


葵が体の異変に気づき、戸惑っていると今度は美雪と目が合った。


美雪は葵と目が合うと、先程の満面の笑みとは少し違い、優しく微笑んだ。


葵は美雪と目が合い、その笑顔を見た瞬間に一気恥ずかしくなり、美雪の顔を見つつける事が出来ず、顔を振り、無理やり視線を外した。


葵は、美雪の笑顔を見た瞬間に心臓がバクバクと音を立てて、脈を早く打ち始め、体温が上がっていく感覚に陥っていった。


明らかに不自然に視線を逸らした事で、美雪に不審に思われているかもと思考が過ぎったが、葵はそれでも今の状態で顔を上げたくは無かった。


(明らかに、変な病気に掛かった…………)


葵は、正しい思考が出来ず、この症状は病から来るものだと結論付け、病院に通う事を考えた。


「立花……、何してんの?」


舞台から視線を逸らし、俯く葵に綾は、怪訝そうな表情を浮かべ、尋ねた。


「いや、急に心臓が可笑しくなった……」


「…………は……?」


かなり深刻そうな顔で葵は答え、そんな葵を一瞬綾は心配したが、顔色から察するにそこまで具合の悪そうには見えず、結果的に男子特有の変な悪ふざけかと思い過ごした。


綾は訳が分からんと言ったような表情で、間抜けな声を出した後、葵の意味不明な行動に興味が無くなったのか、葵から視線を逸らし、再び舞台の方へと視線を戻した。


(い、いや……、無視かよ…………)


葵はそんな綾の冷たい態度に、少し悲しく感じた後、なんで綾なんかに、そんなぞんざいに扱われなければいけないのか不満を持ち、フツフツと苛立ちを感じてきていた。


葵は内心で呟いた後、ひとまず綾の件は置いておき、自分の感じた異変の事に思考を戻した。


綾へと怒りのせいで、あの妙な症状は消え失せていたが、あの感覚は未だに覚えていた。


(なんだったんだ…………)


いくら考えても葵は結論を出すことが出来ず、考えるのをやめ、もう一度、舞台の方へと視線を送った。

会場から歓声を受け、舞台で輝く美雪の姿を再び視界に入れたが、もうあの時感じた妙な感覚が襲ってくる事はなかった。


◇ ◇ ◇


舞台裏でも、発表を終えた生徒やミスコンの仕事をこなす生徒会の生徒達が美雪の姿を見て、声を上げ盛り上がっていたが、それ以上に会場は盛り上がっていた。


美雪はオシャレに興味が無いわけでも無く、一般的な女性並には興味があり、私服などはそれなりにオシャレをしていた。


物凄く美形であり、葵も認める美しさを持つ美雪だったが、普段学校では本人の意思からあまり目立たないよう務めている事もあり、美しくはあったが、評判は先程登場した佐々木 美穂(ささき みほ)や二宮 紗枝(にのみや さえ)の魅力を前に埋もれるような形の評判だった。


そんな美雪だったが、今の舞台に立つ美雪を見た生徒達に、美雪をそんな風に評価する生徒はほとんどいなかった。


「先輩……やってくれましたね…………」


盛り上がる会場の中、舞台を見ていた結(ゆい)が美雪に話しかけた。


彼女はもちろん、やられたという悔しさも感じていただろうが、あまりの出来栄えにそれを通り越し、声色はどちらかというと呆れが混じっているようなトーンだった。


「まぁね……。この子は私のやり方にハマるって思ったからね…………」


蘭(らん)は、結の言葉に今までのような得意げな口調でなく、真面目に淡々とした様子で答えた。


そんな蘭に、ピシャリと指摘するように隣にいた椿(つばき)が今度は声を上げた。


「まぁ、私に学校まで衣装を運ばせて、用意されていたであろう衣装以外から選出した時点で、ちょっと反則気味だけどね……」


「なッ! 椿ちゃん? 今それ関係なくない?? それに君のお兄ちゃんも制服とかクラスTシャツとか、『ミルジュ』のカタログにない衣装だったよ??」


椿に指摘された事で、蘭は焦ったように弁明していた。


「兄さんはいいんです……。まず人様に迷惑掛けてないし…………

お姉ちゃんは私に働かせてる時点でもう、考えものだよ……」


椿の言葉に蘭は遂に何も言い返せず、小さく「うッ……」と言葉をつまらせていた。


「しっかし、こんなに似合っちゃうとはな〜……

ホントに勘弁して欲しいよ……。」


舞台に立つ美雪には、何処にも非の打ち所が見つからなかった。


椿は、感心するように呟いていたが、その言葉には悔しさと悲しさの表情を感じ、あの衣装と椿の事情を知らない結もそれは感じられた。


「あ、あの……、話したくなければ、良いんですけど……、よければ聞かせてくれないですか? あの衣装の事……」


ここまで来たら聞かずには居られなかった結は、申し訳なさそうに、聞きづらそうにしながら、恐る恐る尋ねた。


「あ、あぁ〜……。そんな気を使わなくても良いですよ?

そんなに、大した話じゃないんで…………」


恐る恐る尋ねる結に椿は、余計な気を使わせてしまったとスグに気づき、結を気遣うように答えた。


椿の申し出に、結は小さく小声で「じゃあ……」と呟くと、椿は衣装の話を話始めてくれた。


「実は……あの衣装、私が1番最初にモデルをやった時の衣装の1つなんです…………」


「え…………?」


椿は昔の事を懐かしむように話し始め、結は驚き声を漏らした。


椿が海外で、雑誌のモデルをやっていたという事は蘭が先程チラリと零していたので、知っていたが、それに関連する衣装だとは思っていなかった。


「何着か着てまして、撮影をしてて……私が載るページはあるブランド服だけを使ったコーディネートをして撮影だったんです。

あの衣装も、そのブランドが雑誌に押してきた衣装の1つで、あれも着て撮影をしたんですけど……どうも私には着こなせなくて…………。

結局、雑誌にも載せて貰えたんですけど、雑誌に載った私を見てもどうしても納得出来なくて……悔しくて………。

いつか、あの衣装も着こなせるようになろうって、メーカーから自腹で買っちゃたんです」


椿は途中から、自分を何処か自虐するような言い方で話していた。


笑ってくれと言わんばかりに話してくれた椿だったが、結はそれを笑いはしなかった。

むしろ、街角でスカウトされて、やった仕事なのにも関わらずここまで熱意を注げる事に感心していた。


「だから、ちょっと悔しいかな〜……って話です……」


椿はそう答え終えると、再び舞台を見つめた。


そんな椿に上手く声を掛けられず、そんな事情を知っていながらも今回のミスコンのイベントでそれを使った蘭を睨みつけた。


「うん。ちょっとお姉ちゃんが可愛い妹にやる行為ではないよねぇ……」


結に睨みつけられた蘭は一瞬ビクッと体を跳ねらせた後、反省しているように答えた。


結も蘭と同じ立場であれば、同じことをしたかもしれないが、それでも蘭のやった事は少し不謹慎だと思えた。

そして、自分も同じ行動を取ってしまうだろうと考えた事に、プロとして正しい判断が出来ている事に喜びを感じつつも、周りの気持ちを犠牲にしてしまう程に美を追い詰めてしまう事を恐ろしく感じた。

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