俺より可愛い奴なんていません。3-27
会場から橋本 美雪(はしもと みゆき)に向けて、彼女のかけがえの無い友人達がエールを送ると、一瞬、会場が何事かと、少し静かになったが、スグにいつも通りの活気を取り戻していた。
亜紀(あき)や晴海(はるみ)達の熱い声援により、美雪の纏う雰囲気が少し変わっていた。
そして、その雰囲気を会場から見ていた立花 蘭(たちばな らん)は見逃さなかった。
「変わった…………」
蘭は会場に立つ美雪を見つめながら、小さく呟いた。
小さく小声で呟いた蘭だったが、隣にいた根元 結(ねもと ゆい)と椿(つばき)はその言葉を聞き逃さず、呟いた蘭に視線を送った。
すると、蘭は今までに何度か見せた、真剣な表情をしており、その表情から、蘭がプロのスタイリストの目線で学祭の催し物であるミスコンを見ている事が分かった。
同じ職場で働く結と長年の付き合いで、家族である椿は蘭の真剣さを表情だけで感じ取り、自分達も美雪の発表に集中するため、スグに舞台へと視線を戻した。
2人が視線を舞台へと戻し、しばらく黙り込んだまた、真剣な表情で舞台を見ていると蘭と同じ事に気が付いた。
「なに……あの感じ…………」
椿は、迫真に迫った様子で、何処か舞台に立つ美雪に怯えたような、そんな様子で呟いた。
椿だけでなく、結も驚いた表情で舞台に立つ美雪を見ていた。
それは、本当にありえない事だった。
素人同然で、こんな発表会に出た事が無さそうな一般の彼女が、何処かのモデルかと思わせるほどに、舞台慣れしているように見えた。
舞台に上がった当初には、少し緊張感を漂わせており、他の参加者と雰囲気は変わらなかった。
しかし、友人達に熱い激を飛ばされた事で、美雪は腹を括ったのか、妙に落ち着き、表情も柔らかく、何故だかプロのモデルのオーラのようなものを纏っていた。
「ねぇ、お姉ちゃん。あの娘、なんなの……? 普通の生徒でしょ??」
椿は舞台から視線を外せず、そのまま舞台を見つめたまま、蘭に尋ねた。
椿の質問の答えは分かりきっていた事だったが、椿は聞かずにはいられなかった。
「そうだよ……。いやぁ〜……こんなにも化けるとはねぇ〜……。人目見た時から、妙に人を惹きつけるような、不思議な娘だなとは思ったけど…………」
蘭も美雪のこの立ち振る舞いには、驚いているのか、感心した声を上げていた。
蘭のそんな答えを聞き、椿はある不安が過ぎった。
それは、自分の持ってきた洋服を美雪が着ているであろうという事だった。
今回のミスコンで、蘭は3人の女子生徒を担当し、ここまでの発表で出た2人は、椿が持ってきた洋服を着用していなかった。
そうなると、考えられる事は一つだった。
(……あの娘が、あの衣装を…………)
椿は、自分が持ってきた衣装を誰が着ようが、気にもしていなかったが、今の舞台に立つ彼女が着ていると思うと、無性に嫌な気分になった。
(想像するだけで、似合うって分かるもんなぁ…………。悔しいけど……)
蘭の返答から椿が黙り込んだのが気になった蘭は、椿へと視線を送ると、椿は険しい表情を浮かべ、会場をただ見つめていた。
「ごめんね、椿ちゃん……。悪いとは思ってるよ……だけど、どうしてもあの衣装しか無いって思えちゃったんだ…………。
あの衣装を着て欲しいって思えちゃう娘だったんだ…………」
蘭は、険しい表情を浮かべる椿に、申し訳なさそうに、悲しい表情を浮かべながら、謝罪するようにそう告げた。
そんな蘭の言葉に反応し、椿は蘭の方へと視線を送ると蘭の申し訳なさそうな表情をしている事に気付いた。
「はぁ〜…………、分かったよ。そんな顔しなくてもいいよ……。
お姉ちゃんはプロだからね、どうしても着せたくなっちゃったんでしょ??
私もここへ持ってきた時は、なんとも思って無かったんだし、いいよ……」
蘭の心中を察した、椿は大きくため息を付いた後、蘭を許すように声を上げた。
そして、今度は蘭を気遣うようにして、今度は明るい口調で微笑みながら、続けて答えた。
「それにさッ、私以上に似合う娘なんて居るわけないしさッ」
椿の気にしてないよと言わんばかりの様子に蘭の中の罪悪感は、幾分か和らいだ。
「ありがとね、椿…………」
優しい妹の言葉に、蘭は救われ、心から感謝し、椿にお礼を告げると、再び舞台へと視線を向けた。
そして、椿が初めて、モデルとして雑誌に載った時に衣装を着る美雪の姿の発表を待った。
◇ ◇ ◇ ◇
舞台上では、美雪に次々と質問をする大貫(おおぬき)と、それに答える美雪という構図のまま、ミスコンが進行していた。
そんな舞台を舞台裏から、加藤 綾(かとう あや)と二宮 紗枝(にのみや さえ)、立花 葵(たちばな あおい)は見つめながら、談笑をしながら、美雪の衣装の発表を待っていた。
「美雪、どんな衣装なのかな〜……。立花のお姉さんのこれまでの発表からしたら、結構街中ファッション系が多かったから、美雪もそれだったりしてねッ!!」
綾は、美雪の黒いローブの下に隠された衣装を想像しては、盛り上がり声を上げていた。
「そうかもしれないね! 私服の美雪を私も見た事無いから、どんな服できたとしても新鮮だし、絶対綺麗だよね〜……。
あッ……そう言えばさ、美雪は立花君の女装を見たっていってたよね?
とゆうことはさ、立花君って美雪の私服を見た事あるって事でもあるよね? 学校では女装をしてないわけだし……」
紗枝は話す中で何かに気づいたように、葵の方を向き、ふとした疑問を葵にぶつけた。
「ん? あ、まぁ、見た事はあるな……」
「えッ!? どんな感じだった!? 美雪の私服」
葵が応えると、紗枝はそこまで気なるのか、かなりの勢いでその話に食いついた。
紗枝の食い付きように葵は一瞬驚き、なんでそこまで美雪の私服姿が気になるのか不思議に思えたが、答えない理由は無かったため、当時の事を思い出しながら答え始めた。
「え〜と、大人っぽい服装だったかな……。下は紺色スキニーで、上もあんまり派手じゃなかったかな……?
えぇ〜と……確か、白と黒のボーダー柄のTシャツに上に何か薄い青色をした小さいチョッキみたいなベストを着てた……」
葵は初めて美雪とあった、東堂(とうどう)に絡まれ、助けられた時のことを思い出しながら答えた。
話している内に不思議に感じたが、もうあれから2ヶ月近く経つ出来事なのに、思い出そうとすれば、今でも鮮明にあの時の事が思い出せた。
「そういやアイツあん時…………。フフッ……」
葵は助けられた時のことを思い出す中で、当時の美雪の行動の可笑しさに気がついた。
美雪がその時に履いていたスキニーは、少しピッチりとしたサイズの物で、歩くぶんには問題が無いのだが、走ったり運動したりするにはあまりにも向かないズボンだった。
そんな物を履いていたのにも関わらず、美雪は東堂から逃げる際、葵の手を引っ張り、それなりのスピードで走っていた。
その事を今になって気づいた葵は、なんだか可笑しく思えてきだし、思わず声を出して笑っていた。
そこからきっかけに美雪との思い出を軽く、思い出したが、やっぱりどの思い出も奇妙なものだった。
東堂に一緒に拉致された時も、車の中で葵が女装をすると何故か小さく歓声を上げたり、女装をしている事を口封じしようと呼び出せば、葵が自分に対して告白するのだと勘違いしていたり、思い出せば出すほどめちゃくちゃだった。
「立花……君…………?」
葵が思い出に浸っていると、急に鼻で笑うように微笑んだ後、懐かしそうな表情を浮かべ、黙り込んだ葵を不思議そうに見つめながら、紗枝が心配するような口調で呼びかけた。
「ん? あ、あぁ、悪い……。ッで? どこまで話したっけ?」
葵は呼びかけられた事で、我に帰り、一言謝罪すると自分がどこまで話していたか忘れてしまい、紗枝にそれを尋ねた。
「え、えっとぉ〜……一応、答えてもらいたかった事は答えてもらったかな〜……。ありがとねッ」
「いや、別にこれくらい……。それより、なんでそんなに橋本の私服が気になってるんだ??」
紗枝は葵の返答に納得したように答えると、次は葵が気になっていた事を尋ねた。
すると、紗枝は一瞬ピクりと体を小さく跳ねらせ、何故だか少し罰の悪そうな表情を浮かべた。
「ん? んん〜?? いやぁ〜……単なる興味だよッ! 興味」
「ふ〜ん……、興味ね〜…………」
葵に質問されると、紗枝は少し焦ったように答え、葵もそんな紗枝の反応が気になったが、特に追求する事は無く、軽く流すように返事をした。
すると、そんな2人のやり取りを隣で聞いていた綾から小さくクスクスと音を立て笑う声が聞こえてきた。
口を抑え、下を向き顔を見せないようにしていたが、声は漏れており、体は小刻みに震えている事から、笑い声を上げている事は誰から見ても明らかだった。
「なんだ? 加藤……急に笑いだして…………」
当然気になる葵は、綾に話しかけた。
すると、綾は顔を上げ、その表情を2人へ見せた。
「いやぁ〜……紗枝がちょっと面白くってね〜…………」
綾は笑い過ぎたのか目を少し潤せながら、答えた。
「ちょ、ちょっと綾ッ!!」
「だッ、大丈夫だってぇ〜……。立花に聞かれてもそんな大した事ないし、立花、女装してるわけだから立花から教わっても言い訳じゃん!?」
綾を止めるようにして紗枝が声を上げると、綾はまぁまぁと紗枝を宥めるようにして答えた。
葵からは2人の話が全く見えて来なかったが、綾に説得された紗枝は少し考え込んだ後、小さく「分かったよぉ〜……」と観念したように小さく答えた。
「なんの話しだ??」
「ん? えっとね。意外かもしれないんだけど実はね、紗枝の私服って絶望的にダサかったりするんだよね〜……。
だから、普段休日でも無難な服で済ませたりして、オシャレとかあんまりしないんだ……。
まッ! 私からしたらそのギャップが可愛かったりするんだけどね〜……」
葵が問い質すと綾は、答え始め、綾が答える中で紗枝は居心地悪そうにしながら、その話を黙って聞いていた。
綾の言った通り、確かにそれは意外だった。
普段、学校でもきっちりとしており、何よりも学園のアイドルなどと言われてもおかしくない程の人気を持つ紗枝が、私服がダサいというのは想像するのが難しかった。
紗枝の事情を知った葵は少し黙り込み、考え込んだ後、話し始めた。
「…………なるほどな。二宮は、今の自分の感じを変えたかったりするのか??」
「え? あ、う、うん……。やっぱり、女の子だし、オシャレとか持っとしたいなって…………。でも、私少し人とそこら辺の感覚が違うみたいで……」
葵の思わぬ質問に、紗枝は一瞬ドキッとしたものの、ここまで話されてしまった以上変な虚勢は張れず、正直答えた。
正直に答えるのは恥ずかしいのか、紗枝は可愛らしく、モジモジと体をくねらせながら答えていた。
「そっか…………。なら、俺が教えてもいいぞ?」
葵はまたしばらく考えた後、今回のミスコンの件で美雪を含め、3人には助けて貰ったことがあったため、その借りを返すつもりで、提案した。
「えッ…………?」
「ええぇぇぇぇええッ!!!」
葵が提案すると、紗枝は驚いた表情で、驚きのあまり小さく声を漏らし、そして、何故か隣にいた綾も紗枝以上に驚きの声を上げていた。
「ッ! うるせぇな加藤……」
あまりの声の大きさと、隣で大声を上げられたことで葵は不満そうに綾を見ながら悪態をついた。
「あ、あぁ〜……ごめんごめん…………」
綾は葵に指摘され、ニヤニヤとしながら悪びれるように謝罪した。
そんな綾に葵は、呆れた様子でため息を一つ付いた後、本題に戻るようにして紗枝に再び視線を向けた。
「学校ある時になっちゃうだろうし、日中とかに相談されると変な噂とかたってお互い面倒だろうし、放課後だったら別に相談受け付けても構わないぞ?」
葵は、すんなりと何でもないように紗枝に向かって答えた。
紗枝と綾はこんなにも友好的な葵を見るのは初めてだったため、驚きのあまり、言葉が上手く出てこなかった。
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