俺より可愛い奴なんていません。3-26


紗枝(さえ)の発表から、1人、また1人発表が続いたが、紗枝の発表並の盛り上がりは、会場では起きなかった。


別に、出てきた参加者が悪かったわけではなかった。


それでも、歓声の上がり方からして、優勝が狙えないであろう事は事実だった。


「ねッ! 椿(つばき)ちゃんはさぁ〜、今までだったら、誰が一番好みだった??」


紗枝の発表からずっと難しい表情を浮かべ、黙ってただ舞台を見つめていた椿に、同じく舞台を見ていた蘭(らん)は話題を振った。


「……別に……、どの娘も普通…………」


椿は、最初に訪れた時よりも更に不機嫌に、暗いテンションになっており、つまらなそうに呟くようにして答えた。


「そっか〜、普通か〜……」


椿の暗い返事に対して、蘭は対照的に明るい声色で答えた。


椿が何故ここまでつまらなそうにしているのかある程度察しが付いていた蘭だったが、それを指摘する事無く、分からないようなフリをしていた。


「でも、あの中で一際良いと思ったのがあるでしょ〜? モデルを少しの間やってた、業界人の意見聞きたいな〜……」


蘭はそれでも諦めず椿に尋ね、そんな何故自分が不貞腐れているのか分かっていながら聞いてくる蘭に、ムッとしながら椿はゆっくりと答え始めた。


「お姉ちゃんと結(ゆい)さんが話していた内容と私もあんまり意見変わんないよ。

これは別に、その業界のプロの人を集めて、審査員を儲けて行うイベントじゃない。だから、会場の反応が直で投票に影響してくる。

それを踏まえた上で答えるなら、今のところお姉ちゃんの同僚の人がコーディネートしたあの派手なギャルっぼい服で出てきた娘と、結さんがコーディネートした娘、そして、お兄ちゃんがコーディネートした娘が有力なんじゃない?」


「ふむふむ、なるほどね〜……確かにそうだね〜。

それでッ? 椿ちゃんが一番良いな〜って思えた娘は??」


椿はわざと自分の意見を答えずに、それっぽい感想を述べたのだが、蘭はそれを見逃さず、追求するようにして尋ねた。


蘭のそれを答えるまで諦めないという姿勢に、椿は小手先で逃げるのを諦め、観念して自分の素直な意見を答えることにした。


「はぁ…………お姉ちゃんもなんでそんな意地悪かなぁ……。

私が個人的に一番気に入ってる発表は、結さんのだよ」


椿はため息を一つ付いた後、観念したように答えた。


「えッ…………?」


「へぇ〜……、結のやった綾(あや)ちゃんだったかな? がいいんだ〜……」


椿の答えに、話を聞いていた結は驚いた表情で、椿を見つめながら声を漏らし、蘭はあまり驚いた様子では無かった。


結にしてみたら、椿のその評価は意外だった。


「結さんのコーディネートは、あの娘のイメージを最大限に活かすようにして、まさにあの娘にあった衣装とコーディネートをしていた。

今日見てた中で一番魅力的だったよ……」


「あ、ありがと…………椿ちゃん……」


椿の称賛に結は、ここから嬉しく思い、感謝の気持ちを伝えた。


「かぁ〜ッ……、今までの途中でお姉ちゃんの発表もあったのに、結が選ばれたかぁ〜ッ!! 身内贔屓はしないの? 椿ちゃんッ!!」


蘭は結に現時点で負けている事を悔しがりながら、声を上げた。


「なんで、贔屓しないといけないんだよ……。

それに、お姉ちゃんのあの発表が悪かったとは言わないけど、今回お姉ちゃんのスタイルにキッチリとハマった娘はあの娘じゃないんでしょッ!?」


「あ……、バレた??」


椿はずっと感じていた事を蘭に突きつけると、蘭はとぼけたように答えた。


蘭を知るものなら誰しもがわかる事を、それを分かっていながらわざわざ言わせてくる蘭に、椿は苛立ちと面倒くささ感じ、そんな蘭を見て、椿はこれ以上、真面目に相手をするのはやめようと決意した。


「あッ……うそうそ、ごめん〜ッ。ふざけるのやめるから無視しようとするのやめてぇ〜ッ」


椿の表情が一気に冷めていくのが分かったのか、蘭はこうなった椿が相手をしてくれないというのはスグに分かったため、相手をしてくれないと困る蘭はスグに、縋るように謝罪した。


「はぁ……分かった分かった。だから、揺さぶるのやめて!」


椿の両肩を持ち、ゆさゆさと揺さぶりながら訴えてくる蘭に、これ以上無視すれば余計に面倒臭いと思った椿は、大きくため息をつき、蘭に今の行動をやめさせるように答えた。


「あッ……、分かってくれた…………」


「分かってあげたんじゃないよ……諦めたんだよ…………」


許しを貰えた事で表情が明るくなった蘭がポツリとまた思い違いな事を口走ると、椿は呆れたようすで訂正するように答えた。


しかし、悲痛な椿の声は蘭には届かず、許されたと思っている蘭は今度は舞台の方へと視線を向けた。


「さ、そろそろだね……。葵と美雪ちゃん以外の発表が今、終わったから、次はどっちかの出番だよ!!」


蘭がそう言うと、椿も舞台へと再び視線を戻し、今までのやり取りを苦笑いで隣から見守っていた結(ゆい)も視線を戻した。


すると、話している間に紗枝が終わってから発表していた2人目の参加者が無事発表を終え、振り返り舞台裏へと向かって歩いている所だった。


司会である大貫(おおぬき)は、未だにテンションを落とす事無く、会場を盛り上げようと声を上げていた。


「あ、あの司会さん、凄いね……」


もう2時間近くずっと喋りっぱなしの大貫に、椿は苦笑いを浮かべながら呟いた。


大貫は発表が終わったばかりの女子生徒の感想を述べ続け、時折おどけてみせては、会場の笑いを誘い、司会として申し分の無い働きを見せていた。


一通り、感想を述べあげると、大貫は少し落ち着いた様子で今度は、話し始めた。


「さてさて、大本命の登場だね」


大貫の鉄板の法則、次の参加者を紹介する流れに移ろうとすると、落ち着きを取り戻した話し方をするという法則に、ミスコンを見る内に気づいた蘭は、楽しみな様子で呟いた。


「どっちが先ですかね??」


結も蘭が1度コーディネートしたのにも関わらず、やり直しまでして仕上げた美雪と蘭と椿が終始褒め続ける、実の弟、葵の女装に興味津々といった様子だった。


「どっちが先でも後でも、勝つのはお兄ちゃんでしょ? お兄ちゃんに女装をやめて欲しい気持ちは確かにあるけど、お兄ちゃんに勝てる美貌を持った人なんて、この学校にいると思えないし……」


「どうかな〜? 自慢のお兄ちゃんも敗北を知ってしまうかもよぉ〜??」


「フンッ……! まさかッ……………」


葵の優勝を確信し、その気持ちが揺るがない椿に、蘭は挑発するように煽ったが、椿はそんな挑発も鼻で笑い飛ばし、葵の優勝を疑わなかった。


3人がそんなやり取りをしていると、今まで落ち着いた様子で話していた大貫が再びテンションを徐々に上げてきた。


そんな大貫の声が届き、3人は会話をやめ、会場へと再び視線を戻した。


「はいッ!! これ以上、私の長話をしていると嫌われかね無いので、そろそろ次の参加者の発表に移りましょうッ!!」


大貫が高らかに宣言するように言い放つと、会場のざわめきはどんどん大きくなっていった。


「お次の参加者は、この人だぁぁぁああッ!!」


大貫が叫ぶと、スポットライトが舞台裏から会場へと上がる、舞台袖に当たった。


そして、舞台へと上がる1人の人影が少し見え始めた。


まだ、少し見えただけの、その影だけでは葵か美雪か判断はできなかったが、会場にいたたった1人、彼女をコーディネートしたからこそ分かる人物がいた。


「ふ〜ん……、そうなったんだねぇ〜……。さてさて、最後にまわって大丈夫かな……? 葵君…………」


次に誰が舞台に上がるか分かった蘭は、不敵な笑みを浮かべながら、小さく呟いた。


◇ ◇ ◇ ◇


大貫が高らかに宣言すると舞台裏から、1人の生徒が現れた。


最初は照明のせいもあってか、出てきた者が誰だか判別するのに時間が掛かったが、舞台に上がる生徒が大貫の方へと2、3歩歩くと、観客はスグに登場した生徒が誰なのか判別出来た。


舞台へと上がったのは、橋本 美雪(はしもと みゆき)だった。


美雪は緊張していたが、それほど固くならず、傍から見たらその足取りはしっかりとしており、美雪の緊張を感じ取れはしなかった


美雪の登場に、彼女を知る者たちが率先して歓声を上げ、男子生徒達も会場を盛り上げるため、ノリよく声を上げて、会場を盛り上げていた。


美雪は堂々とした様子でそのまま、大貫の隣まで歩いていき、その間も大貫は、会場を盛り上げたり、美雪の説明を簡単にしていた。


「いやぁ〜、最後の方のここに来て、ここまでの歓声、素晴らしいですね〜ッ」


大貫がそんな言葉をマイクを使い呟いていると、ゆっくりと堂々と登場していた美雪が、ようやく大貫の隣まで辿り着いた。


大貫の隣に立ち、会場の方へと美雪が体を向けると、大貫は仕切り直すように、1度声を上げた後、リハーサル通りに始めた。


「はいッ! それでは、改めてご紹介致しますッ!! 2-B組、橋本 美雪さんですッ!!」


大貫がそう言い放つと、会場はわぁっと盛り上がり始めた。


そんな時だった。


舞台の一部の前席で、小さく「せーのッ」と掛け声が掛かった。


たまたま、そんな小さい掛け声が聞こえた美雪は、ゆっくりとそちらに視線を向け始めた。


すると、その瞬間数人の大きな声が会場に響いた。


「みゆきぃぃいいいッ!!!」


何人かの女性の掛け声に、声が上がったその会場の一部に注目が集まった。


そんな中、小さな掛け声に気づいていた美雪は、何が起こったのかいち早く気が付き、その光景を見て、あまりの嬉しさから少し涙で目が潤んだ。


自分の名前を大きく叫んだ方向には、大切な友人である亜紀(あき)と晴海(はるみ)の姿があったのだった。


亜紀と晴海の他にも、見知った友人が何名かおり、彼女たちが舞台に立つ美雪の名前を呼び、エールを送ったのだった。


美雪が視線を向けるなり、そこにいた彼女達は満面の笑みで手を振り、それぞれが美雪に対して頑張れとエールを送っていた。


その瞬間からだった、美雪から緊張なんてものは一切無くなり、自慢の大切な友人に見守られている事から、とても心強く思えた。


迷いの無くなった美雪は、落ち着いた雰囲気で、それでいて芯のある立ち振る舞いで、ミスコンに挑んだ。

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