俺より可愛い奴なんていません。3-25
「いやぁ〜ッ、紗枝(さえ)ッ!! 凄い良かったよぉ〜ッ」
二宮 紗枝(にのみや さえ)は自分の発表が終わり、観客達から声援を送られながら舞台裏に戻ると、そこで待っていた加藤 綾(かとう あや)が紗枝に駆け寄るなり、興奮気味に声を掛けてきた。
「あ、ありがと〜綾! 途中凄い緊張したけど、結果的に成功して良かったよぉ〜……」
笑顔で声を掛けてきた綾に応えるように、紗枝も笑顔で返事を返した。
綾と紗枝がそんなふうに話していると、少し遅れて橋本 美雪(はしもと みゆき)と立花 葵(たちばな あおい)もその場に駆け寄ってきた。
「あ……、美雪に立花君ッ……」
葵と美雪に気づくと紗枝は、ニッコリと微笑みながら歓迎した。
「紗枝さんッ! やりましたねッ!! 凄いカッコ良かったですし、可愛かったし、美しかったですよッ!!!」
美雪も興奮しているのか、頬を少し赤らめ、前のめりになりながら、紗枝の発表の感想を答えた。
葵は美雪の感想に「なんだ、その変な感想は…………」と内心呟いたが、よくよく考えてみると、美雪のその感想は葵の意図するところの感想で、彼の思惑が上手くいった事を証明するものだった。
「へへへッ…………、なんだか、綾も美雪も大袈裟だな〜…………。私が凄かったんじゃなくて、このコーディネートをした立花君が凄かったんだよぉ〜………」
紗枝は、あまりにも周りから絶賛されるため、恥ずかしそうに可愛らしく微笑みながら答えた。
紗枝はそうやって答えたが、少なくとも葵はそうは思わなかった。
「いや、凄いのは二宮だよ……。2着目の衣装を発表した時、会場がざわめき、あんなにも不安を煽るような状況だったのにも関わらず、あんなにも堂々と舞台に立ち続けてくれたんだ……。
あの凛々しさが無かったら今頃この歓声は起こってないよ。ホントにありがとな、二宮…………」
葵も会場の盛り上がりに当てられていたのか、珍しく本音を口に出し、優しく微笑みながら、紗枝を手放しに褒めたたえた。
「え、えぇ〜ッ!? ちょ、ちょっとそこまで真剣に言われると恥ずかしいよぉ〜…………」
会場から戻ったばかりで、未だに会場での大立ち回りで興奮冷めやらぬ紗枝は、元々顔が少し赤かったが更に顔を赤くさせ、心底恥ずかしそうに答えた。
「いや、紗枝は凄かったよッ!! 私があんな会場の雰囲気になったら不安になって、あそこまで堂々として居られないもんッ!!
正直、あの嫌な雰囲気のままだったら、今頃、立花にグーパン入れてたかもしれないし……。
私の親友に何さらしとくれてんじゃぁああッ!! って…………」
「私もソワソワして、落ち着かなかったです。
舞台裏にいた私達は、いち早く、2着目の衣装が2日目のイベントの模倣のようなものだというのは気付けたので、そこまで混乱が起きなかったですけど……、会場のあのざわめきと不気味な雰囲気で気が気じゃなかったです」
綾と美雪は自分が答えた通り、紗枝の2着目の発表のさなか、ソワソワとしており、かなり緊張した面持ちで舞台を見つめていた。
まるで自分のことのように、心配して話す美雪と綾に紗枝は小さく声を出し笑った後、ゆっくりと駆け寄ってくれた3人の顔を見つめながら話し始めた。
「綾も美雪も心配してくれてありがとッ! 立花君も、自分の化粧の時間を削ってまで一所懸命にコーディネートしてくれてありがとねッ!
舞台で発表している時、私、1回みんなの方を見たでしょ? その時の綾や美雪の表情を見て、凄く元気を貰えたんだよ??
私が堂々といれたのは、綾や美雪のお陰ッ!! 立花君も見守っててくれてありがとねッ!!」
紗枝は、3人を真っ直ぐに見つめながら答え、最後にはニコりと笑顔を見せた。
この気持ちは、紗枝が発表している最中に、何度も感じた気持ちであり、あの時目が合って、励まされた事にずっと感謝していた。
「紗枝…………」
「紗枝さん…………」
綾と美雪は、喜びからか震えたような声で、親愛なる友人の名前を呟き、次の瞬間、2人は紗枝に飛びつくように抱きついた。
「うあぁぁんッ!! 紗枝ぇぇえ〜ッ!! しゅきぃ〜ッ!!」
「紗枝さんッ!! ずっと紗枝さんとはずっと友達で居たいですッ!!」
紗枝の天使のような対応に、2人の紗枝への愛は爆発し、紗枝に抱きつきながら、奇声のようなものを上げていた。
紗枝はそんな2人を受け入れ、ヨシヨシと2人の頭を優しく撫で、その光景を傍から見ていた葵も、紗枝の余りある母性のような大きな包容力から、紗枝がまるで女神のように映っていた。
(なッ……、なんなんだ……この光景は…………)
葵は、舞台裏で一部、異彩を放っているその3人をただ呆然と見つめることしか出来ず、完全にたじろいでいた。
そして、葵はそんな3人を見つめながら、少し後悔のようなものを心の中で感じていた。
(今度こそはッ……、変化なんかじゃなく、自分の中で一番自信のあるコーディネートで…………)
◇ ◇ ◇ ◇
観客の歓声冷めやらぬ中、紗枝の発表に続くようにして、まだ発表を残す生徒達が発表を行っていた。
紗枝の発表の終了により、残す参加者は4人となり、その中にまだ発表をしていない美雪と葵も含まれていた。
本来のスケジュールでは、美雪は1番最後の発表となっていたが、葵の遅れにより、順番が入れ替わり、1番最後の発表を葵とし、その前の発表として美雪が舞台に登場するという順番になっていた。
結(ゆい)は紗枝の発表を見て、少し落ち着いた雰囲気で、残りの参加者の発表を観覧席で見つめていた。
「流石に、さっきの発表からですから少し、比較してしまいますね……」
結は、落ち着いた声で、立花 蘭(たちばな らん)にそう話しかけた。
「まぁね、かなりの歓声だったからね〜………でも、今発表してる子達も悪いわけじゃないわよ?
みんな可愛らしいし、美しい…………」
「それでもッ……、きっと優勝は狙えない…………」
蘭の答えに結は反論するように、厳しい意見を述べた。
結の意見は最もだった。
今、現時点で歓声の大きさから判断すると、一番歓声が大きかったのは、合計4度の変化を見せた「変化」と「夢」をコンセプトにした葵がコーディネートをした紗枝だった。
そして、それに続くようにして、次に会場で大きな反応が見られたのは、結がコーディネートをした「天真爛漫」をコンセプトにした綾、そして、蘭のライバルである永井 美希(ながい みき)がコーディネートをした佐々木 美穂(ささき みほ)だった。
「ふ〜ん……、結はそんな風に考えるんだね〜…………。まぁ、確かに葵がコーディネートした娘の発表も凄い歓声だったよ??
でも、あれは、どちらかと言えば評価されてるのは、演出。
葵は、あの子をコーディネートするにあたって、一つの『コレだ』という正解が見つけられなかったのも事実…………」
「で、でもッ!」
蘭の意見には納得がいかないのか、結は自分の発表では無かったが、食い下がるように声を上げた。
しかし、それは違うと声を上げた結を遮るようにして、蘭は話し続けた。
「うん。よかったよ? 私は結構、あぁいった楽しませる系の発表は好き。 むしろ、葵なんかはプロじゃないんだから、素人の時点で演出を含めてあそこまで出来るのは正直凄い…………。
だけど、プロのスタイルリストからしたらあの発表は微妙……」
蘭は真面目な表情で答え、普段妹と弟に激甘な蘭にしては珍しい、身内に対しての厳しい意見だった。
「まぁ、最初から色んな彼女を魅せるために、あぁいった手法を取ったのならそれはいいと思う。だけど、葵はきっと違う……。
何か一つ、自信作のコーディネートを探した結果見つからず、あの手段を選んだ。
現状で、これ以上にないっていうコーディネートをしないのは……逃げでしか無い…………」
蘭はまるで、葵が紗枝をコーディネートしている情景を見たかのように、的確に葵のその時の気持ちを言い当てた。
これは、葵の事をよく知る蘭だからこその意見だった。
結は、ここまでズバリと答える蘭を珍しそうに、ただ見つめていた。
「まッ! お姉さんが見せたあげますよ! 葵にこれが『ミルジュ』で働くカッコイイお姉ちゃんだよッてねッ!!」
結の表情に気付いたのか、蘭は今度は急に冗談っぽく言いながら、ニヤリと微笑んだ。
「先輩って真面目な話、最後まで出来ないですよね……」
真面目な話をしていた蘭が急にふざけ始めたのを見て、結はいつもの悪癖が出たと思いつつ、少し呆れた様子で答えた。
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